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南原充士 2018(平成30)年 57577系短詩


   (平成最後の)


ともすれば 悲しい色に 染める筆 ピンクの薔薇は ピンクに染めよ

だれもみな 時空の虜囚 流されて 浮かぶ間もなく 滝壷に消ゆ

平成の 最後の暮れが 迫る中 新年号を 思いめぐらす

またひとつ 煩い増えて 暮れる年 凌げば娑婆へ 凌がずば地獄へ

膨大な 巣窟あれば 薬剤も 仕掛けもついに 駆除に及ばず

雨に負け 風にも負けて 冬来たる 春を祈りて 夏に負けじと

揺れるまま 揺れ動くひと 手放しで スマホ放さず 体当たりする

流れゆく 川面きらめく 墨田川 光の中を カモメ舞い飛ぶ

技巧など ないのがましと うそぶいて 実はとことん 技巧を隠す

こんなもの 食えるかと言う そんなもの 飲めるかと聞く 自他の始まり

伸びをする 朝の高台 空を見て 山海を見て 足元を見る

ともすれば 悲観する癖 放擲し 楽観しても いいのだと思う

岩のごと 凝り固まりて 念仏も 沁みることなき 心の宿痾


  (遠い秋)


悪ぶって よいこいじめた 遠い日は 苦みとともに 瞼に浮かぶ

昼過ぎて 小雨落ち来る デッドエンド 前に突堤 後ろに幻影

哭き暮れて 笑い飛ばして 照れつつも 釣り人はただ 浮沈を見つむ

荒海の ブイに止まりて 鳴く鳥の 憂いは深く 立ち去りがたし

どこまでも 焦がれるものに せかれつつ 人影もない 路傍に迷う

必ずや また会うことを 誓いつつ これが別れと なれば悲しき

言葉なき 語らいあれば 饒舌な しぐさもありて 秋は深まる

遠来の 客ともなれば 饗応の 膳を忘れて 語り続ける

わが夢は 風と共に去りぬ 落魄の 幻影ばかり 彷徨える今Gone with the wind.

夕陽の 落ち行く先に 祠あり 抜け行く影は 闇に消えゆく

ふふふふふ 不安な気持ち 吹っ切れた 篩にかけた 粉末のごと

あるだけの 勇気しぼりて 踏み出せば くじけてもなお 起き上がる意気

ははと言い へへと聞くのも 新生の へのへのもへじ 泣くしかできぬ

ともすれば 憂いに沈む 秋なれど 気ままに浮かぶ 雲でありたし

美しき 立ち姿にて いくたびも カーテンコールに 応えるプリマ

立ち上がり 叩く拍手も 割れるごと この感激を 永遠にと思う

ほかならぬ ライブに宿る 死のごとき 激しき今を ともに生きつつ

ひとりごつ ことばはなくて もうまいの かすみのなかに たちすくみつつ

よしよしと 赤子をあやす 暇もなく 過ぎる日夜に かける言葉は

野放しの 獣のような 激痛は 緩和の気配 いくばくもなし

抽象の 気うつにあらず ぎくぎくと 痛む足先 引きずりて行く

ハロウインと 無縁なままに 郊外の 街を歩けば 秋風騒ぐ

秋空の 罪にはあらず 人はみな 重荷を背負い 罰受く旅人

新しき 光の中に 忍び入る 闇の兆しを 払いのけたし

かなしみに 日差しを当てて ふくらませ 赤い風船 空高く上ぐ

静かなる 父を忍びて ときたまに 母を連れては 秋の野を行く

新しき 命を見れば あらためて 神々しさに 言葉失う

物思う 秋の訪れ 風の音 吹かれるままに 千切れゆく雲

おおよそは あなたを信じ ともにある 騒ぐ秋風 言葉少なに

世の中は 荒れ世あれよの 暴れ馬 しがみつきつつ まっとうに生く


  (盆過ぎて)


完走は 一歩の累積 感想は 最終ページ 読後の余韻

共感は あなたの力 反感は わたしの無力 煩悩の盆

むごすぎる 現実なれど ずっこけも 閑居もあれば 夢想に耽る

蛇行する ジェット気流に のしかかる 高気圧あり いたぶられちゃう

何様と 思いて吐くか 罵詈雑言 弱き者さえ 浮かばれぬ瀬よ

自らを 鏡に映し じっと見る 罪深き者 そこにこそいる

坊主憎けりゃ 袈裟まで憎し わりなくも 憎悪の炎 めらめらと燃ゆ

セッシボン 行水シャボン 浴衣がけ 花火ボンボン 盆ソワジャポン

世の中は 蚊さえ暮らせぬ 熱地獄 むんむむんむと 夜も寝られず
正義など知るや知らずや偽悪的振る舞に終始する煉獄

言葉なくひとを押しのけ行く人の顔見ちゃいけない声聴いちゃいけない

ずれてるを超えておおずれと言わんばかりのウェザーフォーキャスト

炎天に鳴き声詰まり緩慢に枝這う蝉も熱中症か

ちっぽけな 心つぶやく 歌だけど 大空を飛ぶ 翼がほしい


   (自虐的)


膠着を 脱する技を 見いだせず ぎこちないまま ひきつる笑い

なにかしら きっかけ見つけ 抜ける闇 自然のごとく 振る舞ってみる

いつまでも 風雨続かず 自らを 励まして発つ 今朝の日課へ

不器用な 手つき顔つき 体つき 誠実だけで 通らぬ世間

冷酷で 可愛げなくて 非協力 言葉もなくて 開き直れば

頑なで 愛想がなくて ひねくれて 不遜なひとに なるなよ自分


   (五月へ)


五月への 暦をめくり 晴れた空 心を飛ばす ひとひらの雲

にこやかに あいさつをする 初夏の 風さわやかに 隣家へ過ぎる

ほんとうは わかりあえない 人同士 ためらう手と手 そっとつなげる



# by nambara14 | 2018-12-27 21:04 | 五七五七七系短詩 | Comments(0)

 

南原充士 2018(平成30)年575系短詩


  (年の暮れ)

偏屈と 嫌われ捨てて 年の暮れ

なにごとも 量子のごとく 過ぎた年

辛すぎる 一年だったと 言いがちの

幸せな 一年だったと 言えるかな?

ありえない ニュースばかりの 年だった

来る年の 仮寓のごとき カレンダー


  (秋深し)

携帯の 電源落ちて 秋暮れる

泣きじゃくる 鬼の子もいる 芒の野

幾重にも 濾しとる敵意 新酒酌む

愛すれば 切なさ募る 秋の暮れ

刈り入れの 後のぼっちの 滑り落つ

俯瞰する 地球は季節 取り交ぜて

雨季乾季 四季の彩る 五大陸

秋の裏 朽ちた表札 掛け替える

秋深し わたしはなにを するひとぞ

なぜかしら 秋に誘われ 徘徊す

銀杏を 踏んでしまった 土踏まず

だれひとり 気づかぬうちに 実は熟し

ひとり行く 笑みを忍ばせ 柿を取る

瞑想と 妄想交互に 芒の原

秋晴れは 語彙の如くに 広がりぬ

憂愁を 振り払っては 葡萄摘む

満月の 光くすしく 魂奪う

倒れても 秋の夕日に 起こされる

うっすらと 菊の香りの 女形

旅行けば 弁当をやる 栗おこわ


(十月へ)

垣根とは 譲れない線 金木犀

苦渋にも 恬然として 柿熟す 

噛みしめる 甘酸っぱさは 青林檎

新米の 見て嗅ぎ含み 粒が立つ

凡月を 道連れにして 一人行く

秋風に 語りかければ 友一人

甘い夢 たわわに実る 葡萄園

変幻を 映す秋空 スクリーン

心象を 投げるAI 疑似の秋

無理解は 孤影の意匠 秋日射す

いまなんじ よふかししちゃった あきもせず

さあねよう くいばかりだけど あきらめて

いっしゅんの あきはまじゅつし ゆめのなか

鴉鳴き 秋の夕暮れ 深まりぬ

憂いあり 月も夜空に 顔隠し

日一日 秋色募る 街を行く

秋雨に 濡れる尻尾を 巻いて去る

夏過ぎて 秋冬過ぎて 春過ぎる

夏過ぎて まだ冬来ない 今は秋

夏が来て 秋来て冬来て 春が来る

風に揺れる 芒の原を 彷徨えり

涼しさも 波状になりて 忍び寄る

気が付けば こんな時間か 秋の夜

賢くも 美しくもあれ 収穫期

秋晴れの 山のこだまに 呼びかける

作柄は できぬ采配 神の技

生まれるは 平成終わる 秋のこと

めめしさを 募らせまいぞ 秋の暮れ

薄着して 歩き出したら 秋の風

ああいいな きみのかおりが かぜにのる

轟轟の 一夜明ければ 光来る

倒れしを 起こして思う 暴風雨

眠りにも 風速60メートル 吹き荒れる

内外の 乱れしさまを 嘆くのみ

片付ける 気になれ自分 十月へ

ついに来た 叩きつける 音激し

警報が 鳴って思わず 立ち上がる

避難指示 発令ありとて うろたえる

日は暮れて 暴風雨には 往生す

悪夢さえ 吉兆に変え 月満ちる

長い夜は 夢のトンネル 抜けきれず

血を揺らし 涙を飛ばす 巨台風

おれ自身 台風風速 100メーター

台風の アプリいくつも ダウンロード

台風の 進路予測を 見続ける 

刻々と 台風情報 更新す

サンマ三尾 のかたわらの 刺身買う

尖り来る 鎖骨を覆う 合い上着

遡る 魚眼に映る 紅葉谷

川面には タッチアンドゴー 赤とんぼ

Tシャツで 乗り込むひとの 腕っぷし

台風の 近づく明日に 行事あり

秋が問う 好きな季節は 何ですか

そうだった 今更に知る 去年の秋

切り替えて 冷房暖房 乱気流

割り切れぬ 秋の愁訴も 匙加減

切り分けた ケーキの中に 栗一個

切れ目ない 季節の中に 立ちつくす

わからない 宇宙のなかに 秋がある

とりあえず 晴れの予報に 変わったね

前線が 押し合う中を 徘徊す

雨降って 晴れて曇って 風が吹く

曇りから 小雨秋雨 濡れ前線

冷涼の 気持ちに着せる 合い上着

なにかしら 夢を見ている 秋の午後

ひかえめの 端っこめくる 秋の風

なにもかも 忘れてしまう 秋の暮れ

いつまでも 続く残暑に 切れ目入れ

桃一切れ 梨二切れと 進みけり

何色に 染まるか秋は 走りゆく

龍神の 踊りのごとき タイフーン

花の季語 疎いまんまで 花を食う

枯れかかる おのれのために サンマ焼く

春の夢 一寸の光陰 秋の声

コスモスの 揺れてカメラを 惑わせる

自らを なんと思うか 月明かり


  (九月へ)

九月だと 思えば九月 虫に聞く

九月では 季節外れか 蝉の声

九月とは 移行の季節 気もそぞろ

八月に 思い出せない 初日の出

二対一 今年も残り 少ないと

九月へと 生き延びていく 一個人

カレンダー めくった 夏は いつ終わる?

八月は 終わった 九月は 秋の始まりか?

台風は 季語を またいで 吹き荒れる?

地球儀を 回す小さき アルタイル

夏の夜の プラネタリウム 流れ星 

宇宙儀と いうもの作る 夏休み

寝室の ルームエアコン 故障中

汗吹いて 首筋冷やす 爬虫類

逃げ行けど 逃げ切れはせぬ 天地人

眠られぬ 夜の氷柱 解かす夢

かなかなも 静まる 声の 終わりかな?


  (GW

きまじめを ぺろりと脱いで 吹き流し

なにかしら 法則性の 衣替え

正常を 異常の初夏に 見透かして

かたくなに 若葉求めて わけいる日

しんしんと 降るものもあり 目に青葉

季語を捨て 無手勝で行く 徘徊子

むんむんの 若葉を避けて 帰る道

花咲けば 散り際に立つ 影法師

変わりゆく 宇宙の一部 クローバー

散策の 次元をまたぐ 夢想癖

煩悩を わしづかみして 種をまく

陋習を 掘り起こしては 植え替える

思えるは そよ風の行く わが故郷

空き家とは なれどもゆかし 遠い空

弔いの 道をたどって 過ぎる時


  (傷)

傷つけて 血潮吹き出す 春一番

傷口に 塩をすり込む 春の海

傷口を 指で広げて 春爛漫

  (はずれ)

はかなさの ずっと続いて れすとれす

はんぶんも ずわい残した れすとらん 

はつはるの ずがいを過ぎる れんとげん


   (降雪予報)

スパコンに 声を与えて 雪が降る

ロボットに AI仕込んで みぞれ降る

当たっても 当たらなくても 予報見る


# by nambara14 | 2018-12-27 19:44 | 五七五系短詩 | Comments(0)


ソネット 36


W.シェークスピア


わたしたちの愛が一つであっても

わたしたち二人は二つであることを認めよう

だからあなたの助けがなければ

わたしの欠点はわたしひとりで負わなければならない、

たとえわたしたちの人生に別離という悪運があるとしても

わたしたち二人の愛にはただ一つの目的があるだけだ

その悪運は愛の本来の性質を変えることはないにしても

愛の歓びから甘美な時間を奪うことはあるだろう、

わたしの嘆くべき罪があなたを辱めることがなければ

わたしはいつもあなたを認めるというわけにはいかないかもしれない

あなたがその名前によって名誉を得ることがなければ

あなたが人々の好意によってわたしに名誉を与えることもないだろう

だがそんなことはしないでほしい

なぜならあなたはわたしのものであり、あなたの好評もわたしのものなので

わたしはそんなにもあなたを愛しているからだ


Sonnet XXXVI


                   W.Shakespeare


Let me confess that we two must be twain,

Although our undivided loves are one:

So shall those blots that do with me remain,

Without thy help, by me be borne alone.

In our two loves there is but one respect,

Though in our lives a separable spite,

Which though it alter not love's sole effect,

Yet doth it steal sweet hours from love's delight.

I may not evermore acknowledge thee,

Lest my bewailed guilt should do thee shame,

Nor thou with public kindness honour me,

Unless thou take that honour from thy name:

But do not so, I love thee in such sort,

As thou being mine, mine is thy good report.



# by nambara14 | 2018-12-24 14:14 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 35


          W.シェークスピア 


あなたがしたことに対してそれ以上嘆き悲しむことはない

バラにはとげがあり 銀の噴水には泥がたまる

雲や満ち欠けは月も太陽も汚す  

そしてもっとも甘いつぼみには忌まわしい虫が巣食う、

すべてのひとびとは誤りを犯す、わたしもまた

あなたの罪科をほかの罪過と比べて正当化し

堕落して、あなたの過ちを糊塗し

あなたの罪を大幅に許してしまうことで、過ちを犯す、

というのは、あなたの官能的な過ちに対してわたしは理性をもたらし

あなたに敵対する者はあなたの擁護者でもあり

わたしに対する訴訟が開始されるからだ

わたしから非情にも奪い取るあのやさしい泥棒に対して

わたしはいつも共犯であることを強いられる

わたしのあなたへの愛と憎しみはそのような内戦状態にあるのだ


Sonnet XXXV


     W. Shakespeare 

       

No more be grieved at that which thou hast done:

Roses have thorns, and silver fountains mud:

Clouds and eclipses stain both moon and sun,

And loathsome canker lives in sweetest bud.

All men make faults, and even I in this,

Authorizing thy trespass with compare,

Myself corrupting, salving thy amiss,

Excusing thy sins more than thy sins are;

For to thy sensual fault I bring in sense,

Thy adverse party is thy advocate,

And 'gainst myself a lawful plea commence:

Such civil war is in my love and hate,

That I an accessary needs must be,

To that sweet thief which sourly robs from me.



# by nambara14 | 2018-12-17 18:11 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


       『 詩集つれづれ=問わず語り 』 
                                          
1.南原充士詩集=わが既刊詩集12冊を振り返って

 これまでの詩集についてどんな思いで刊行したのか振り返ってみたい。
 まず、詩集「思い出せない日の翌日」は、自分としてはきわめて「私的」な位置から「私的」な思いを込めて書いた詩を集めたものだと思っている。
 いくつかのスタイルの詩を同時並行して書いてきた自分としては、フィクション性の強い詩集「ゴシップ・フェンス」から、私的な感覚を基礎とした詩集「インサイド・アウト」までの広がりを自分なりに書き分けることで、自分の詩への思いや表現法を見出してきたのだと思っている。
 詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めたもので、ユーモアやナンセンスは詩の重要な要素だと同時に、なにより楽しめるのがいいと思って出したものだ。
 英和対照詩集「永遠の散歩者」(A Permanent Stroller)は、多様なスタイルの短めの詩を集めたものだが、英語と日本語とワンセットで出したところに新鮮さがあると思っている。
 詩集「タイムマシン幻想」は、医学のほか物理学や文学の古今の偉人をとりあげ、現在過去未来を行き来する感覚で書いたショートショート風の作品集である。
 詩集「花開くGENE」は、遺伝子に運命づけられる人間の祈りをテーマに、言葉遊び、抒情詩、叙事詩という三部構成でまとめたものである。
 詩集「笑顔の法則」は、横書きの詩集で、記号を多用し、実験的な作風の詩を集めたものである。「わたしは笑いながら死んでいけます」と言った少女の言葉がきっかけとなって書き始めた詩集である。
 詩集「個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか」は、40歳ごろから10年ほど詩作を中断していた折に、出版社からの誘いがあって、30代後半にノートに書きつけていた詩を中心として詩集を出した。これをきっかけに詩作を再開した自分として思い出深い詩集である。 
ついでに、過去の詩集を振り返ると、私家版として出した詩集『散歩道』、詩集『レクイエム』、詩集『エスの海』がある。
 詩集『散歩道』は、自分にとって初めての詩集で、昭和51(1976)年、27歳の時に出した抒情詩集である。
 詩集『レクイエム』は、抒情詩を中心としながらも生きる不安を表現する詩も含めた。
 詩集『エスの海』は、レトリックにこだわったやや長めの詩を10篇だけ収録した詩集である。
 以上の3詩集は、発行部数も100部と少なかったので、多くの読者に届けることができなかった。
 特に、『エスの海』は、数十部しか読者に届けていない。
 『エスの海』は、昭和58(1983)年発行の詩集だが、平成13(2001)年発行の詩集『個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか』までは、18年間の時間差がある。
 そのうちの10年間は、詩作からも詩を読むことからも遠ざかってしまったのだった。

2.詩集刊行にまつわるエピソード=詩集「笑顔の法則」から

 詩集を出すことを前提に意識的に詩を書きだしたのは、詩集「笑顔の法則」からだ。
 バッハの無伴奏チェロ組曲に聴き惚れていた頃、自分も組曲のような詩集を出したいと思って、詩篇の数やテーマやスタイルを最初から決めて書いたものだ。
 この詩集は、パソコンやケイタイメールのような横書きのスタイルを取り、各種の記号を多用した実験的な詩集だったので、思潮社に出版をお願いしたところ、すこし検討させて欲しいと言われて焦ったが、結局引き受けてくれて、出版にこぎつけることができたのだった。
 日本文学の伝統的な縦書きのスタイルからすれば、横書きで記号を多く使った詩集は新奇なものと映ったと思われるが、自分としては、時代が変われば表現のスタイルが変化するのは自然なことだと考えて、特別反抗的な意図はなしに、そのような詩集を刊行したのだった。
 その後、横書きの詩集は刊行していないが、そのときどきの自分の感覚に従ってスタイルを選択しているだけで、基本的には、詩集のスタイルは著者が自由に考えればよいのではないかと思っている。
  詩集「笑顔の法則」は、平成17(2005)年発行だから、十年余り前ということになる。
   
  この十年余りというのは、この詩集をきっかけとして、自分の書きたいことを書きたいように書くということに徹してきた。詩を書くことはとても難しいことだと思うが、苦しみ半分、楽しみ半分で書いている。求道者のようにまじめくさった姿勢は苦手なのである。
 詩集「笑顔の法則」の表紙は、思潮社編集部で作っていただいたが、ポップな感じが詩の雰囲気とマッチしているのが気に入っている。
 ちょっと風変わりな詩集を好む読者には喜んでもらえると思っている。

3.洪水企画とのかかわり、詩集「花開くGENE」の刊行について

これまで私家版を含めて12冊の詩集を出してきたが、そのうち6冊は洪水企画から出している。
 自分が詩集を出し続けてこれたのも、洪水企画の池田康氏のおかげだと感謝している。
 池田氏とはじめて会った時、彼はとある出版社で詩歌関係の編集の仕事をしていたが、独立して出版社を始めることを考えていたようだった。
 その後、池田氏は予定通り独立して、詩と音楽の雑誌「洪水」を創刊するとともに、詩歌と音楽関係の書籍の出版をてがけるようになった。
 わたしが詩集を出したいと考えていると話すと、自分が作ってもいいと言ってくれたので、詩集「花開くGENE」の制作を依頼した。
 洪水企画から出版する書籍第一号ということで、池田氏も相当力が入っていたのだと思うが、詩集の原稿を送ると、作品の並べ方や、一篇一篇の詩篇ごとへの評価や修正意見、さらには作品の取捨選択についてまで、詳細に検討の上指摘をしてくれた。わたしも真剣に彼の意見に耳を傾け、受け入れられる限りはその意見に従って、最初の原稿を大幅に変更したのだった。あわせて、彼の意見にしたがって、詩集のタイトルも変更した。
 そうしてやっと出版にこぎつけた詩集「花開くGENE」は、装幀も詩篇も含めて大いに満足できる仕上がりだった。
 池田氏は、文学だけでなく、音楽、美術などの芸術一般に通じている上、大学院では哲学を専攻するなど、幅広い教養の持ち主である。英語やドイツ語など語学にも通じていて、外国の芸術にも造詣が深い。
 その上本造りのセンスも抜群で、編集から出版までの情熱あふれる仕事ぶりは敬服に値する。
 そのような経験を踏まえて、さらに5冊の詩集作りを池田氏にお願いすることになったのだった。

4.詩集「タイムマシン幻想」について
 
洪水企画から出した二番目の詩集が「タイムマシン幻想」である。
 自分が健康を損なって入院手術を経験したことで、人間の体というものをきちんと勉強しておく必要があると思うようになり、医学の入門書を読みあさったり、テレビの健康番組を見たり、新聞やインターネットなどで医学や健康に係わる情報を仕入れていたときに、ヒポクラテスという偉大な医師がいたことを知った。「ヒポクラテスの肖像」という詩はそのようにしてできた。
 野口英世、緒方洪庵、杉田玄白、ジェンナー、バンティングなどの医師のことを調べているうちに、タイムマシンに乗って時間を移動するという設定が詩としてもおもしろいのではないかと感じて、詩集のタイトルを「タイムマシン幻想」と名づけたのだった。
 作品の中には、ツタンカーメン、紫式部、モーツァルトなどにも登場してもらったりして、作者としても意図せずしてふしぎな経験ができたと思っている。歴史上有名な人物を登場させた作品だけでなく、SF的なストーリー性を持った作品も収めている。フィクション性の強いショートショート風の趣を呈する作品集とも言える詩集である。ユニークな発想の物語を好む読者になら十分楽しんでいただけると思います。

5.詩集「インサイド・アウト」について

詩集「インサイド・アウト」は、肉親の死がきっかけとなって生まれた。詩集のはじめの数篇は故人への思いを述べている。詩篇は、日常の何気ない情景の中に感じられる喪失感をさまざまに描いたあと、しだいに生きる喜びを見出す心境へと行き着く。
 帯には、「等身大の抒情詩篇」とあるが、厳密にはフィクションも混じっている。そういう意味では、詩集「思い出せない日の翌日」のほうがより私的な思いに徹した内容になっていると思う。
 詩集「インサイド・アウト」の装幀は、赤や黒や銀色など、インパクトの強い色使いがなされている。
 洪水企画から刊行した6冊の詩集のうち詩集 「にげかすもきど」を除いては巖谷純介氏が装幀を担当してくれている。詩集の内容にあわせた大胆なデザインの装幀はそれぞれの詩集を個性あふれるものにしていると思う。
 読者諸兄におかれては、詩集に収められた詩篇と同時に装幀も楽しんで頂きたいと思う。

6.詩集「ゴシップ・フェンス」について

詩集「ゴシップ・フェンス」は、虚構性や暗喩や観念性にこだわった詩篇を集めたものである。
 自分にとって洪水企画から出した4冊目の詩集である。
 ゴシップ・フェンスというタイトルは、愛読していたアメリカのマンガ「Snuffy Smith」に登場する、アメリカ南部の牧場のフェンスで、隣り合った牧場の奥さん同士がしょっちゅうそのフェンスにもたれてよもやま話をするということから、「ゴシップ・フェンス」と名付けられていたのを、借用したものである。日本でなら、さしずめ、井戸端会議といったところだろうか。ご興味のある方は、”snuffy smith comic”で検索すればすぐに画像をご覧いただけると思います。博打好きの亭主が主人公で、南部なまりの英語がめずらしくもあります。
 詩集は、物語風の作品からはじまって、次第に奇妙な感覚にとらわれる種々の作品へと移っていく。
詩がしだいに書き手から離れて詩の女神の言うとおりに書かされて自立していくという珍しい経験をしたものである。それを自分では「絶対芸術」という言葉で形容した。
 そういう意味では、この詩集は、わたしの詩集の中ではもっともとっつきにくいものだろう。洪水企画の池田康氏も、編集段階で、「こんなにわかりにくい詩集でいいんだろうか?」というような反応を示したのを記憶している。わたしは、詩集「花開くGENE」での経験から、それ以後の詩集では、徹底的に自分の作品を吟味してこれ以外ではありえないという結論を得るまでは原稿を送らないと決意していたので、貴重なアドバイスには感謝しつつも、大きな変更は受け入れなかった。
 詩集「ゴシップ・フェンス」は一見難解に見えるかもしれない。だが、少し辛抱して読み進めてもらえれば、人間の生きることの奇妙な面白さがわかっていただけると信じている。

7.詩集「にげかすもきど」について

詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めた詩集である。
「にげかすもきど」は、日月火水目金土の「にち・げつ・か・すい・もく・きん・ど」の頭を取ってつけたものである。私の場合、言葉遊びの詩と言うのは意識して書けるものではなく、ひらめきが訪れてはじめて書けるものだと思う。そういう意味で、言葉遊びの詩というのは、書くのが難しく、神経を使って書く必要がある。お笑いと言うのは、人が笑ってなんぼのものだと思うが、笑わせるのは並大抵の技ではできない。
 自分にとって、もっとも尊敬する詩人は、谷川俊太郎さんである。ひらめきと言葉遣いの巧みさは天才的なものがある。いろいろなスタイルの詩を書かれているが、とりわけ言葉遊びにかけては、谷川さんに勝る詩人はいないと思う。
 そこで、詩集「にげかすもきど」を刊行するにあたって、思い切って、谷川さんに手紙を送って、帯文をお願いした。断られるかもしれないと思っていたら、谷川さんから、あっさりと帯文が送られてきて、自由に使ってよいと言ってくださった。有名な詩人だが、実に謙虚で親切なのにいたく感激して、ますますファンになってしまった。
 詩集「にげかすもきど」が刊行されてから、すぐに谷川さんにお礼をそえて詩集をお送りしたら、丁重な手紙にそえて、一冊の御著書をお送りくださった。 
 その後、洪水企画の池田さんは、雑誌「洪水」の企画で、谷川さんに仕事をお願いする機会があって、拙詩集について谷川さんに感想を求めたら、「よくできてるんじゃない」と答えてくれたと伝え聞いた。
 なお、詩集「にげかすもきど」の装幀については、知り合いの有望な若手グラフィックデザイナーの川田武志氏にお願いした。小さなおもちゃのようなキャラクターがたくさん並んで楽しげな絵柄は、詩集の内容とぴったりマッチしてとてもよい仕上がりだったと感謝している。
 編集の池田さんも、いつもと勝手がちがって苦労されたようだが、持ち前の頑張りで一味違った詩集を完成させてくれた。
 詩集「にげかすもきど」は、一見変な詩集だが、先入観なしに読んでくだされば、心から笑っていただけるものと信じています。

8.詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」について

詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」は、日本語と英語が見開きの対照関係になっている詩集である。対訳と言うのが普通の言い方だと思うが、書いた本人の感覚からすると、一つの詩が英語と日本語とで融通無碍な感じで生まれてきたので、「対照」という言い方をした。
 
 大部分の詩は日本語が先にできたが、いくつかは英語が先にできた。
 英語にするということで短めの作品が多くなっているが、いろいろなスタイルの詩が一冊に収められているという意味では、最近のわたしには珍しい詩集である。
 
 英語は、若いころから親しんできたのでそれなりに理解力はあると思うが、外国人に通用するような英語になっているかと言えば、絶対的な自信はあるはずもなかったので、池田康編集人のすすめにしたがって、英文学者で歌人の大田美和さんに英語の監修をお願いした。真っ赤に手の入った原稿を見て驚いたが、真摯なやり取りの中で、両者納得づくで最終形がまとまったのだった。
 洪水企画の「詩人の遠征」シリーズのNo.5という位置づけで出版されたが、詩人本人が日本語と英語を同時に対照形式で詩集を編んだ例は我が国にはあまりないと思うので、国際化を目指す日本にとって文学面から一石を投じる意義はあると思っている。
 英語の詩が並んでいるということで、アレルギー反応を示す方もいないではないが、日本語だけを読んでいただいても結構なので、どうかあまり毛嫌いなさらずにお手に取っていただければ幸いである。

9.詩集「思い出せない日の翌日」について

 自分としては、さまざまなスタイルの詩集を洪水企画より刊行したので、一区切りという趣旨もあって、洪水企画の仕事ぶりは大いに評価しつつも、その次の詩集はほかの出版社に依頼しようと思っていたら、ふと身近に水仁舎の北見俊一氏という絶好の人物がいることに気付いた。
 「09の会」という詩の合評会で1,2か月に一度は顔を合わせる仲であるし、年二回発行の詩誌「repure(ルピュール)」の編集発行者でもあるということで、頼みやすいということもあり、また、詩誌「repure」の造本技術には感動していたので、話をしたところ、快諾してくれたのだった。
 詩集「思い出せない日の翌日」に収めた詩篇は、すでに出版した他の詩集が比較的実験的な要素を持つとしたら、こちらはごく地味な日常の情景や思いを日記に近い感覚で書いたものだった。もちろん日記はそのままでは詩にはならないので、詩集にするに当たってはそれなりの工夫はしたつもりだったが、それでも自分のかなり本音に近い思いが漏れてしまったというような感じの詩集だった。
 詩集「思い出せない日の翌日」は、水仁舎の方針もあり、ISBN番号もとらず、Amazonなどの取り扱いもないということで、宣伝は自分次第という感じなので、わがブログで、このような「詩集つれづれ=問わず語り」というような文章を書いてみようかと思った次第である。
 今のところ、装幀の評判がとてもよいのだが、ついでに詩篇のほうもよい評判が得られたらうれしいと思っている。
 この詩集あるいはほかの詩集に少しでもご興味をお持ちの方がいらっしゃったら、お気軽に、わたし(南原充士)あてにお問い合わせください。
 よろしくお願いします。
 
                            平成30年(201812

                                 南原充士                                                                                                       

                                  
                              


# by nambara14 | 2018-12-14 10:04 | 既刊詩集のご案内 | Comments(0)


ソネット 34


         W.シェークスピア


なぜあなたはその日はきっと晴れるからと言って

わたしをコートも持たずに旅立たせたのでしょうか?

途中で卑しい雲がわたしにまとわりついて

あなたの華やかな姿を悪臭のする煙の中に隠してしまった、

あなたが雲を振り払ったとしても

嵐に打たれたわたしの顔の雨のしずくを乾かすには十分ではない

なぜなら傷は治しても恥辱は癒さない膏薬のことを

ほめたりする者はいないし

あなたの恥辱がわたしの悲しみを癒す薬となることもないからだ、

あなたが悔い改めたとしてもなおわたしの失ったものは戻らない

罪を犯した者の悲しみは 重い罪の十字架を背負う彼に対して

わずかな救済しか与えない

ああ、だが、あなたの愛がこぼす涙は真珠であり

それらは豊かなのであらゆる悪行を償ってくれる


Sonnet XXXIV


W.Shakespeare


Why didst thoupromise such a beauteous day,

And make me travelforth without my cloak,

To let base cloudso'ertake me in my way,

Hiding thy braveryin their rotten smoke?

'Tis not enoughthat through the cloud thou break,

To dry the rain onmy storm-beaten face,

For no man well ofsuch a salve can speak,

That heals thewound, and cures not the disgrace:

Nor can thy shamegive physic to my grief;

Though thourepent, yet I have still the loss:

The offender'ssorrow lends but weak relief

To him that bearsthe strong offence's cross.

Ah! but those tears are pearl which thy lovesheds,

And they are rich and ransom all ill deeds.



# by nambara14 | 2018-12-11 21:43 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 33


          W.シェークスピア


輝かしい朝をわたしはどれだけ多く見てきたことだろうか

国王の目で山の峰々を称え

金色の顔で緑の牧草地にキスし

青白い流れを天上の錬金術で輝かせる、

卑しい雲がすぐさま醜い雲片でその高貴な顔を覆い

見捨てられた世界からその姿を覆い隠し

恥辱を加えつつ目にも止まらぬ速さで西へと走り去ることを許す、

それでもわたしの太陽はある朝早く

あらゆる勝ち誇った光輝をもってわたしの顔を照らしたのだった

ああ、だがそれもわずか一時間のことだった

だからと言ってわたしの愛はいささかも彼を軽蔑することはない

空の太陽が色あせる時 この世の太陽たちも色あせるかもしれない。



Sonnet XXXIII


       W. Shakespeare


Full many aglorious morning have I seen

Flatter themountain tops with sovereign eye,

Kissing withgolden face the meadows green,

Gilding palestreams with heavenly alchemy;

Anon permit thebasest clouds to ride

With ugly rackon his celestial face,

And from theforlorn world his visage hide,

Stealing unseento west with this disgrace:

Even so my sunone early morn did shine,

With alltriumphant splendour on my brow;

But out, alack,he was but one hour mine,

The region cloudhath mask'd him from me now.

Yet him for this my love no whit disdaineth;

Suns of the world may stain when heaven'ssun staineth.


# by nambara14 | 2018-12-06 13:39 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


『南原充士の電子書籍小説』の御紹介(2018年12月現在)

1.BCCKS

 SF小説『転生』。宇宙飛行士の主人公が不時着したアレー星での主人公コータとアレー星人とのやりとりが目玉です。短編ですからすぐ読めますよ!

2.Amazon (Kindle版)

①小説『エメラルドの海』は、30年近く前の沖縄が舞台の、ダイビングと悲恋の物語です。

②小説『恋は影法師』は、初老のシェークスピア学者が、イギリスでアメリカ人女性と恋に落ちて、天国と地獄を経験する物語です。色恋とお金のごたごたは、古今東西変わらぬテーマですよね?

③小説『メコンの虹』は、日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた主人公が、東南アジア諸国とのビジネスの展開を目指してさまざまな模索をするとともに、現地女性と恋に落ちたり、さらには想定外の災害に巻き込まれたりするなど、波乱に富んだ物語です。

④小説『白い幻想』は、日本人の夫と中国人の妻、アメリカ人の夫と日本人の妻、二組みの夫婦のあいだで起こる恋模様とビジネス上の争いと悲劇的な結末を描いた物語です。

⑤小説『血のカルナヴァル』は、リオデジャネイロでカルナヴァルの夜に誘拐事件に巻き込まれた日本人ボサノヴァ歌手とファンクラブのメンバーの動静を描いた重たいドラマです。日系ブラジル人も重要な登場人物です。

⑥小説『カンダハルの星』は、アメリカの協力でパイロットの訓練を受けるアフガニスタンの四人の女性兵士の物語です。さまざまな事件・事故が起きる中で彼女たちは無事訓練を修了することができるでしょうか?アメリカ人と日本人とのかかわりもあって、異文化交流のようすも物語の重要な要素です。

 電子書籍は安価に入手できますし、読み慣れれば気軽にアクセスできますので、どれか一冊でもいいですから、みなさまぜひ覗いてみてください。無料の試し読みもできますのでね!よろしくお願いいたします!

# by nambara14 | 2018-12-06 12:31 | 小説 | Comments(0)

電子書籍小説をどうぞ!


 電子書籍は出版が手軽な点がよいのですが、読者が付きにくいという弱点もあります。 わたしも、 Kindle版で、『カンダハルの星』『血のカルナヴァル』『白い幻想』『メコンの虹』『恋は影法師』『エメラルドの海』、 BCCKSで『転生』を出していますので、どうぞよろしくお願いします! 師走も読書ですね!

# by nambara14 | 2018-12-01 18:08 | 小説 | Comments(0)


ソネット 32


         W.シェークスピア


無作法な死がわたしの骨に埃をかぶせて

わたしに十分満ち足りた日が訪れた後 もしあなたが

亡くなったあなたの恋人の貧しくも未熟なこれらの詩行を

たまたま再び読み返すことがあるとしたら 

それらの詩行を後々のすぐれた詩人の詩行と比べてみなさい

わたしの詩行があらゆる詩人によって凌駕されるにしても

より恵まれたひとびとの卓越した筆力によって超越されるわたしの韻文のためでなく

わたしの愛のためにそれらを保存しておいてほしい

おお、つまりわたしの愛の思いだけは残してほしい

わが友の詩才が時と共に上達したのであったら

その愛はより高貴な家柄をもたらし

より装備の整った隊列の中を行進することができただろう

だがかれは亡くなってしまって現今の詩人たちがかれよりすぐれた詩を書いている

わたしはそれらの詩をその巧みな表現スタイルに注目して読むが

かれの詩はと言えば かれのわたしへの愛を感じるために読む



Sonnet XXXII


          W. Shakespeare


If thou survivemy well-contented day,

When that churlDeath my bones with dust shall cover

And shalt byfortune once more re-survey

These poor rudelines of thy deceased lover,

Compare themwith the bett'ring of the time,

And though theybe outstripped by every pen,

Reserve them formy love, not for their rhyme,

Exceeded by theheight of happier men.

O! thenvouchsafe me but this loving thought:

'Had my friend'sMuse grown with this growing age,

A dearer birththan this his love had brought,

To march inranks of better equipage:

But since he died and poets better prove,

Theirs for their style I'll read, his forhis love'.



# by nambara14 | 2018-11-28 15:17 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)