人気ブログランキング |


ソネット 42


        W. シェークスピア 


あなたが彼女を手に入れたことはわたしにとって唯一の悲しみとまでは言えないが

それでもわたしが彼女を真剣に愛していたということは言える

彼女があなたを手に入れたことは悲しみの極みであり

愛を失ったことはもっと痛切なことだ、

愛の罪びとたちよ、わたしはこうしてあなたたちを許そう

あなたはわたしが彼女を愛するがゆえに彼女を愛し

そして彼女は わたしのためにあなたを愛し

わたしのためにわたしの友に自らを受け入れさせることで わたしを苛む、

わたしがあなたを失ったとすれば わたしの損失はわたしの恋人の利得となるだろう

わたしが彼女を失うことで わたしの友はその損失を見出した

二人は互いを見出し、わたしは二人とも失う

そして二人はわたしのためにわたしに苦しみを与える、

だがここには喜びもあるのだ、わたしの友とわたしは一体だ

甘い追従!そして彼女はただわたしだけを愛する。


Sonnet XLII


        W. Shakespeare


Thatthou hast her it is not all my grief,

Andyet it may be said I loved her dearly;

Thatshe hath thee is of my wailing chief,

Aloss in love that touches me more nearly.

Lovingoffenders thus I will excuse ye:

Thoudost love her, because thou know'st I love her;

Andfor my sake even so doth she abuse me,

Sufferingmy friend for my sake to approve her.

If Ilose thee, my loss is my love's gain,

Andlosing her, my friend hath found that loss;

Bothfind each other, and I lose both twain,

Andboth for my sake lay on me this cross:

But here's the joy; my friend and I are one;

Sweet flattery! then she loves but me alone.



# by nambara14 | 2019-02-04 19:47 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


『遺失物(575系短詩 20191月)』


身と心 雹が降っても 離れない

イメージの 貧困招く 厳冬期

寒風を 友と思って 歩き出す

着ぶくれて 心は縮む 雲浮かぶ

あっけらかん マスクの下は 風邪っ引き

床暖房 望むべくなし 身は縮む

風痛い 肌吹き付ける 雪だるま

赤切れを 包む法なし 撫でさする

寒風を 突いてにぎわう この寿司屋

寒ブリを ともに食する ひとあれば

ふぐ刺しに フォーク一刺し 味沁みる

望郷の アンコウ鍋よ 揺れている

心する 無我を乱して ファンヒーター

直観の 寒気に冴えて 寂しがる

晴れ渡る 冷たい青の まぶしさよ

人と成る 前後不覚の 白昼夢

痛覚の やけに尖って さらす顔

マスクして 帽子かぶって 不審物

年明けて 見つかりました 遺失物

初夢を 見ぬまま過ぎぬ 視床下部

忘年を 忘れ得ぬまま 新年会

寒風に 完封されて 閑居する



# by nambara14 | 2019-01-31 14:45 | 五七五系短詩 | Comments(0)


   『厳冬期(57577系短詩 20191)』


あれこれと 気が散るタイプ 飽きっぽい 坊主のように 三日で変わる

いまここで なにか言うのは なぜだろう なにも思わず 言葉が出てくる

なにかしら 言いたくなるのは なぜだろう 我知らずして われを操る

生きるとは 新たな挫折 乗り越えて 小さな希望 求める日々か

親愛は 憎悪に勝つか 難解な パズルのような みんなの心

世の中は ジグソーパズル 入り組んだ 神秘の迷路 地図のない旅

複雑な ブラッドライン そのままに 受け入れてみる 友達のように

いくつもの 嵐乗り越え 行く友の 姿を見れば 力湧き来る

一仕事 終えてひとまず 立ち上がり 深呼吸して そのまま帰る

このまんま 雨が降らずに いたならば 思わぬ日照りに おろおろするかも

からからに 乾いた空気 咳払い 耐性菌は 今日も生まれる

そんなにも 悲観しないで どこまでも 透き通る空 見上げてごらん

一生を 捧げる道を 見出して 一心不乱に 生きた先人

一生を 捧げる道を 見出せず ただ漫然と 生きた先人

生きるのに 目的はない 死ぬまでを 辛抱強く 生きる現人

生きるため 働く道を 見出して とにもかくにも 生きる現人

けなすのが 仕事となれば ほめるのは ぎこちなくなる バイアスの常

にぎわいの 秘密はなにか なにかしら ひとの気を引く わざがあるはず

なつかしい メロディー聴けば 思い出の 回路目覚めて 歌い始める

ひとはみな 悲しきしずく ゆらめいて 光輝く 一瞬の夢

あなたとは 意見が違う それだけで 憎みあったり 嫌ったりしない

あなたより 困った人に 譲ってね できる範囲で 恵んでね

延々と 待つ人々よ スマホから テレビに読書 切れてクレーム

すべては幻想にすぎぬという物理学者の脳内を覗き見たら

だれのため 生きているのか 問いかけて こたえるひとを さがす毎日

この場所に 明日はいない 襟立てて 去り行く耳に 鴉しば鳴く

古いねと 罵り合えば おたがいに 傷だらけだよ 新たな痛み

見えている ようで見えない 自分とは 背中に宿る 霊のごときか

I’ll do my best until you say my food is delicious.

腹立ちの 徒手空拳に 自らを もてあます日々 保留となせり

おいしいを 分かつ数だけ 求めれば 味覚の岩を うがつばかりに

ふたしかな 雲かかすみの 道を行く 迷えることも 倒れることも

ある種の コンプロマイズ 軟体の 出たり引っ込んだり ねじれたり

ひかえめに うしろに下がり もの言わず 化石のように かたまっている

ラッシュ時の もみ合う様は このとおり これ以上でも これ以下でもない

なにもない 空の向こうに なにがある 殺戮の嵐 いまだ已まずと

この空に 煙は立たず 爆撃も 有毒ガスも 警報もない

寒いけど 外に出てみて 見上げれば 空の上には なんにもないよ

このところ 散歩してない ここいらへん そのへんあのへん あっちらへん

毛嫌いは 避けよの言葉 本人が 忘れているが 覚えていると

腕組んで ため息をつく 横綱の これが最後の 土俵かと思う

売り切れの パイは瞼に 浮かび来て 生地とフィリング マウスウォータリング

寒いから 出かけはしない あちこちの 街ゆくひとは 仮想現実

ひとはみな 互いに薬 毒消しの ホルモン分泌 恍惚の時

買い替える たびにつまずく 電子機器 そんなもんだよ 人も機械も

人ごみに 角出し合える 日々なれば 河畔に出でて 流水を見る

陶酔と 幻滅の中 彷徨うも 失いはせぬ 薄き覚醒

部屋ごとに カレンダーなど つるさない 時計も置かず 齢も数えず

脱ぎ捨てる ことのできない 身と心 せめて清めて 着替えて遊べ

にこやかに 近づいてきたのは はじめてだ あなたの身辺 なにがあったの

どこまでも 無知の知もなく 蒙昧の 寒気に怖気 正気はいずこ

かげろうの あとを追いつつ 自らも 影となりゆく 彷徨の果て

切迫の 事態はいかに 回避する かろうじて魔訶 不思議に依拠す

禁断の リンゴの蜜を 舐めんとす ヒト科ヒト属 歯形鮮やか

寒いねと ひとりごと言う 冬の朝 雪になるかも しれませんよね

あと五分 ゴールデンファイブと 思いつつ 寝過ごす朝は まいった遅刻だ

あと一枚 着ればぬくもる 寒気とは 思いながらも 今日も忘れた

毛皮なき 貧しき裸身 ふるわせて 消失点の 定まらぬ絵描く

自らの 作りし筋に 乗りそこね スピンアウトす きみの内実

中庸を 行こうと思う 年初め ふらつく足を 蹴りつつ歩む

正体を 暴かれてなお しらを切る たかが厚顔 無知の仕業と

ことしこそ ひとにやさしく ひかえめに えがおたやさず かんしゃにみちて

極まれば 下足つっかけ 逆風に 転びまろびつ 廃園の沼

いまここの 確かな認知 うすらぐも 他人のごとく なれない自分


# by nambara14 | 2019-01-31 12:36 | 五七五七七系短詩 | Comments(0)


ソネット 41


       W. シェークスピア 

  

時折あなたの心にわたしがいないときに

自由がもたらす愛すべき裏切りは

あなたの美しさやあなたの年ごろによく似合う

なぜならあなたのいるところにはいつも誘惑がつき従っているからだ、

あなたはとても優雅だ、それゆえにあなたは口説き落とされるだろう

あなたはとても美しい、それゆえにあなたは猛烈に誘惑されるだろう

そして女が求愛するとき、男は

首尾よく行くまでは不機嫌に女の許を去ったりするだろうか?

ああ!それなのにあなたはわたしの許を訪れることを控えるかもしれないし

二重の誓いを破ることを強いるほどの放埓へと導く

自らの美貌と迷える若さを叱責するかもしれない、

彼女のわたしへの誓いは 彼女をあなたへと誘惑するあなたの美貌によって破られ

あなたのわたしへの誓いは わたしにとって偽りであるあなたの美貌によって破られる。


Sonnet XLI


        W. Shakespeare


Those pretty wrongs that liberty commits,

When I am sometime absent from thy heart,

Thy beauty,and thy years full well befits,

For still temptation follows where thou art.

Gentle thou art, and therefore to be won,

Beauteous thou art, therefore to be assailed;

And when a woman woos, what woman's son

Will sourly leave her till he have prevailed?

Ay me! but yet thou mightst my seat forbear,

And chide thy beauty and thy straying youth,

Who lead thee in their riot even there

Where thou art forced to break a twofold truth:

Hers by thy beauty tempting her to thee,

Thine by thy beauty being false to me.


# by nambara14 | 2019-01-29 12:31 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 40


             W. シェークスピア


愛する人よ、あなたはわたしのすべての愛を奪うがいい

そうすればあなたは以前に持っていたものより多くのものを

持つことになるだろうからね?

愛する人よ、あなたが誠の愛と呼ぶものは愛ではない

あなたがこんなに多くのものを所有する以前は

わたしのものはすべてあなたのものだった

もしわたしのあなたへの愛ゆえにあなたがわたしの恋人を受け入れたのだとしたら

あなたがわたしの恋人と懇ろになったとしてもわたしはあなたを責めることはできない

だが、あなたが拒むべきものの快楽によって

自らを欺いたのだったら、あなたが悪い

あなたがわたしのすべての貧困を盗んだとしても

優しい泥棒さん、あなたの盗みを許してあげよう

それでも愛は知っている、敵によって傷つけられることより

愛する人の仕打ちに耐えることのほうがより大きな悲しみであることを

あらゆる悪が善を表すような淫らな優美さよ

悪意によってわたしを殺すがいい

それでもわたしたちは敵同士であってはならない


Sonnet XL


        W. Shakespeare


Take all my loves, my love, yea take them all;

What hast thou then more than thou hadst before?

No love, my love, that thou mayst true love call;

All mine was thine, before thou hadst this more.

Then, if for my love, thou my love receivest,

I cannot blame thee, for my love thou usest;

But yet be blam'd, if thou thy self deceivest

By wilful taste of what thyself refusest.

I do forgive thy robbery, gentle thief,

Although thou steal thee all my poverty:

And yet, love knows it is a greater grief

To bear love's wrong, than hate's known injury.

Lascivious grace, in whom all ill well shows,

Kill me with spites yet we must not be foes.



# by nambara14 | 2019-01-22 09:28 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 39


       W. シェークスピア


おお、あなたの気品に満ちた価値をどのように称えるべきだろうか?

あなたがわたしの伴侶であるときに

わたし自身への称賛は何の意味があるだろうか?

あなたへの称賛はわたし自身への称賛以外のものでありうるだろうか?

だからこそわたしたちは離れて暮らそう

わたしたちの大切な愛から一つの愛という名前を取り払おう

離れることでわたしがあなたに与えうる愛

あなたただけが称賛に値するあなたへの称賛

おお、あなたがいないということ!

あなたの辛い時間がやさしい許しを与えないとしたら

時と思いがそんなにもやさしく欺く愛の思いによって

その時間を満たすのはなんという拷問だろうかということを

あなたは示すだろう

そして離れたところにいるひとを称えることで

いかにして一つの愛が二つになるかをあなたは教えるということ。


Sonnet XXXIX


     W. Shakespeare


O!how thy worth with manners may I sing,

Whenthou art all the better part of me?

Whatcan mine own praise to mine own self bring?

Andwhat is't but mine own when I praise thee?

Evenfor this, let us divided live,

Andour dear love lose name of single one,

Thatby this separation I may give

Thatdue to thee which thou deserv'st alone.

Oabsence! what a torment wouldst thou prove,

Wereit not thy sour leisure gave sweet leave,

Toentertain the time with thoughts of love,

Whichtime and thoughts so sweetly doth deceive,

And that thou teachest how to make onetwain,

By praising him here who doth hence remain.



# by nambara14 | 2019-01-15 11:26 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 38 


         W. シェークスピア


あなたが生きていて あなたがわたしの詩の中に注がれ

あなた自身のすてきな表現が 粗末な詩文で読み上げるにはふさわしくないほどすぐれているのだから

わたしの詩が書くべきテーマに事欠くことなどありうるだろうか?

おお!もしわたしの書くものに読む価値があり

あなたに読まれるに堪えるものがあるとしたら あなた自身に感謝しなさい

あなたがあなた自身に詩作のインスピレーションを与えるとき

だれがあなたに向けて書くことができない愚か者でありうるだろうか?

あなたは 詩人たちが依拠する古代の九人の詩神よりも十倍もすぐれた

十人目の詩神でありなさい

そしてあなたを頼りにする者がいれば 

永遠に残る詩篇を生み出せるようにしなさい

わたしのささやかな詩がこの好奇心に満ちた時代のひとびとに気に入られるとしたら

苦心するのはわたしでも 称賛されるのはあなただ。


Sonnet XXXVIII


         W. Shakespeare


How can my muse want subject to invent,

While thou dost breathe, that pour'st into my verse

Thine own sweet argument, too excellent

For every vulgar paper to rehearse?

O! give thy self the thanks, if aught in me

Worthy perusal stand against thy sight;

For who's so dumb that cannot write to thee,

When thou thy self dost give invention light?

Be thou the tenth Muse, ten times more in worth

Than those old nine which rhymers invocate;

And he that calls on thee, let him bring forth

Eternal numbers to outlive long date.

If my slight muse do please these curious days,

The pain be mine, but thine shall be the praise.



# by nambara14 | 2019-01-05 22:13 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 37


       W.シェークスピア


元気のよい子供が若々しい行動をするのを見て

老いた父が喜ぶように

運命の女神の厳しい仕打ちによって足萎えにされたわたしも

あなたの価値と真実から慰めを得る、

美や富や機知やあるいはそれらのいずれかまたはすべて

あるいはそれ以上のものがあなたには与えられていて

王座に就いているとしても

わたしはわたしの愛をあなたの豊かな資質に付け加える、

わたしがあなたの豊饒な資質で十分満ち足りていられるほどの実質を

この幻影が与えてくれ

あなたの栄光のほんの一部の中にでもわたしがいることができるのであれば

わたしは足萎えでも貧しくも侮られてもいないということだろう、

最良のものがなんであろうとわたしは最良のものをあなたに願う

この願いが満たされるなら わたしはどんなにか幸せなことだろう。


SonnetXXXVII


     W. Shakespeare

         

Asa decrepit father takes delight

Tosee his active child do deeds of youth,

SoI, made lame by Fortune's dearest spite,

Takeall my comfort of thy worth and truth;

Forwhether beauty, birth, or wealth, or wit,

Orany of these all, or all, or more,

Entitledin thy parts, do crowned sit,

Imake my love engrafted to this store:

Sothen I am not lame, poor, nor despised,

Whilstthat this shadow doth such substance give

ThatI in thy abundance am sufficed,

Andby a part of all thy glory live.

Look what is best, that best I wish in thee:

This wish I have; then ten times happy me!



# by nambara14 | 2018-12-30 21:22 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


『南原充士 既刊詩集 12冊のご紹介』


①散歩道
②レクイエム
③エスの海
④個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか
⑤笑顔の法則
⑥花開くGENE
⑦タイムマシン幻想
⑧インサイド・アウト
⑨ゴシップ・フェンス
⑩にげかすもきど
⑪永遠の散歩者
⑫思い出せない日の翌日

1.南原充士詩集=わが既刊詩集12冊を振り返って

 これまでの詩集についてどんな思いで刊行したのか振り返ってみたい。
 まず、詩集「思い出せない日の翌日」は、自分としてはきわめて「私的」な位置から「私的」な思いを込めて書いた詩を集めたものだと思っている。
 いくつかのスタイルの詩を同時並行して書いてきた自分としては、フィクション性の強い詩集「ゴシップ・フェンス」から、私的な感覚を基礎とした詩集「インサイド・アウト」までの広がりを自分なりに書き分けることで、自分の詩への思いや表現法を見出してきたのだと思っている。
 詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めたもので、ユーモアやナンセンスは詩の重要な要素だと同時に、なにより楽しめるのがいいと思って出したものだ。
 英和対照詩集「永遠の散歩者」(A Permanent Stroller)は、多様なスタイルの短めの詩を集めたものだが、英語と日本語とワンセットで出したところに新鮮さがあると思っている。
 詩集「タイムマシン幻想」は、医学のほか物理学や文学の古今の偉人をとりあげ、現在過去未来を行き来する感覚で書いたショートショート風の作品集である。
 詩集「花開くGENE」は、遺伝子に運命づけられる人間の祈りをテーマに、言葉遊び、抒情詩、叙事詩という三部構成でまとめたものである。
 詩集「笑顔の法則」は、横書きの詩集で、記号を多用し、実験的な作風の詩を集めたものである。「わたしは笑いながら死んでいけます」と言った少女の言葉がきっかけとなって書き始めた詩集である。
 詩集「個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか」は、40歳ごろから10年ほど詩作を中断していた折に、出版社からの誘いがあって、30代後半にノートに書きつけていた詩を中心として詩集を出した。これをきっかけに詩作を再開した自分として思い出深い詩集である。 
ついでに、過去の詩集を振り返ると、私家版として出した詩集『散歩道』、詩集『レクイエム』、詩集『エスの海』がある。
 詩集『散歩道』は、自分にとって初めての詩集で、昭和51(1976)年、27歳の時に出した抒情詩集である。
 詩集『レクイエム』は、抒情詩を中心としながらも生きる不安を表現する詩も含めた。
 詩集『エスの海』は、レトリックにこだわったやや長めの詩を10篇だけ収録した詩集である。
 以上の3詩集は、発行部数も100部と少なかったので、多くの読者に届けることができなかった。
 特に、『エスの海』は、数十部しか読者に届けていない。
 『エスの海』は、昭和58(1983)年発行の詩集だが、平成13(2001)年発行の詩集『個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか』までは、18年間の時間差がある。
 そのうちの10年間は、詩作からも詩を読むことからも遠ざかってしまったのだった。

2.詩集刊行にまつわるエピソード=詩集「笑顔の法則」から

 詩集を出すことを前提に意識的に詩を書きだしたのは、詩集「笑顔の法則」からだ。
 バッハの無伴奏チェロ組曲に聴き惚れていた頃、自分も組曲のような詩集を出したいと思って、詩篇の数やテーマやスタイルを最初から決めて書いたものだ。
 この詩集は、パソコンやケイタイメールのような横書きのスタイルを取り、各種の記号を多用した実験的な詩集だったので、思潮社に出版をお願いしたところ、すこし検討させて欲しいと言われて焦ったが、結局引き受けてくれて、出版にこぎつけることができたのだった。
 日本文学の伝統的な縦書きのスタイルからすれば、横書きで記号を多く使った詩集は新奇なものと映ったと思われるが、自分としては、時代が変われば表現のスタイルが変化するのは自然なことだと考えて、特別反抗的な意図はなしに、そのような詩集を刊行したのだった。
 その後、横書きの詩集は刊行していないが、そのときどきの自分の感覚に従ってスタイルを選択しているだけで、基本的には、詩集のスタイルは著者が自由に考えればよいのではないかと思っている。
  詩集「笑顔の法則」は、平成17(2005)年発行だから、十年余り前ということになる。
   
  この十年余りというのは、この詩集をきっかけとして、自分の書きたいことを書きたいように書くということに徹してきた。詩を書くことはとても難しいことだと思うが、苦しみ半分、楽しみ半分で書いている。求道者のようにまじめくさった姿勢は苦手なのである。
 詩集「笑顔の法則」の表紙は、思潮社編集部で作っていただいたが、ポップな感じが詩の雰囲気とマッチしているのが気に入っている。
 ちょっと風変わりな詩集を好む読者には喜んでもらえると思っている。

3.洪水企画とのかかわり、詩集「花開くGENE」の刊行について

これまで私家版を含めて12冊の詩集を出してきたが、そのうち6冊は洪水企画から出している。
 自分が詩集を出し続けてこれたのも、洪水企画の池田康氏のおかげだと感謝している。
 池田氏とはじめて会った時、彼はとある出版社で詩歌関係の編集の仕事をしていたが、独立して出版社を始めることを考えていたようだった。
 その後、池田氏は予定通り独立して、詩と音楽の雑誌「洪水」を創刊するとともに、詩歌と音楽関係の書籍の出版をてがけるようになった。
 わたしが詩集を出したいと考えていると話すと、自分が作ってもいいと言ってくれたので、詩集「花開くGENE」の制作を依頼した。
 洪水企画から出版する書籍第一号ということで、池田氏も相当力が入っていたのだと思うが、詩集の原稿を送ると、作品の並べ方や、一篇一篇の詩篇ごとへの評価や修正意見、さらには作品の取捨選択についてまで、詳細に検討の上指摘をしてくれた。わたしも真剣に彼の意見に耳を傾け、受け入れられる限りはその意見に従って、最初の原稿を大幅に変更したのだった。あわせて、彼の意見にしたがって、詩集のタイトルも変更した。
 そうしてやっと出版にこぎつけた詩集「花開くGENE」は、装幀も詩篇も含めて大いに満足できる仕上がりだった。
 池田氏は、文学だけでなく、音楽、美術などの芸術一般に通じている上、大学院では哲学を専攻するなど、幅広い教養の持ち主である。英語やドイツ語など語学にも通じていて、外国の芸術にも造詣が深い。
 その上本造りのセンスも抜群で、編集から出版までの情熱あふれる仕事ぶりは敬服に値する。
 そのような経験を踏まえて、さらに5冊の詩集作りを池田氏にお願いすることになったのだった。

4. 詩集「タイムマシン幻想」について
 
洪水企画から出した二番目の詩集が「タイムマシン幻想」である。
 自分が健康を損なって入院手術を経験したことで、人間の体というものをきちんと勉強しておく必要があると思うようになり、医学の入門書を読みあさったり、テレビの健康番組を見たり、新聞やインターネットなどで医学や健康に係わる情報を仕入れていたときに、ヒポクラテスという偉大な医師がいたことを知った。「ヒポクラテスの肖像」という詩はそのようにしてできた。
 野口英世、緒方洪庵、杉田玄白、ジェンナー、バンティングなどの医師のことを調べているうちに、タイムマシンに乗って時間を移動するという設定が詩としてもおもしろいのではないかと感じて、詩集のタイトルを「タイムマシン幻想」と名づけたのだった。
 作品の中には、ツタンカーメン、紫式部、モーツァルトなどにも登場してもらったりして、作者としても意図せずしてふしぎな経験ができたと思っている。歴史上有名な人物を登場させた作品だけでなく、SF的なストーリー性を持った作品も収めている。フィクション性の強いショートショート風の趣を呈する作品集とも言える詩集である。ユニークな発想の物語を好む読者になら十分楽しんでいただけると思います。

5. 詩集「インサイド・アウト」について

詩集「インサイド・アウト」は、肉親の死がきっかけとなって生まれた。詩集のはじめの数篇は故人への思いを述べている。詩篇は、日常の何気ない情景の中に感じられる喪失感をさまざまに描いたあと、しだいに生きる喜びを見出す心境へと行き着く。
 帯には、「等身大の抒情詩篇」とあるが、厳密にはフィクションも混じっている。そういう意味では、詩集「思い出せない日の翌日」のほうがより私的な思いに徹した内容になっていると思う。
 詩集「インサイド・アウト」の装幀は、赤や黒や銀色など、インパクトの強い色使いがなされている。
 洪水企画から刊行した6冊の詩集のうち詩集 「にげかすもきど」を除いては巖谷純介氏が装幀を担当してくれている。詩集の内容にあわせた大胆なデザインの装幀はそれぞれの詩集を個性あふれるものにしていると思う。
 読者諸兄におかれては、詩集に収められた詩篇と同時に装幀も楽しんで頂きたいと思う。

6. 詩集「ゴシップ・フェンス」について

詩集「ゴシップ・フェンス」は、虚構性や暗喩や観念性にこだわった詩篇を集めたものである。
 自分にとって洪水企画から出した4冊目の詩集である。
 ゴシップ・フェンスというタイトルは、愛読していたアメリカのマンガ「Snuffy Smith」に登場する、アメリカ南部の牧場のフェンスで、隣り合った牧場の奥さん同士がしょっちゅうそのフェンスにもたれてよもやま話をするということから、「ゴシップ・フェンス」と名付けられていたのを、借用したものである。日本でなら、さしずめ、井戸端会議といったところだろうか。ご興味のある方は、”snuffy smith comic”で検索すればすぐに画像をご覧いただけると思います。博打好きの亭主が主人公で、南部なまりの英語がめずらしくもあります。
 詩集は、物語風の作品からはじまって、次第に奇妙な感覚にとらわれる種々の作品へと移っていく。
詩がしだいに書き手から離れて詩の女神の言うとおりに書かされて自立していくという珍しい経験をしたものである。それを自分では「絶対芸術」という言葉で形容した。
 そういう意味では、この詩集は、わたしの詩集の中ではもっともとっつきにくいものだろう。洪水企画の池田康氏も、編集段階で、「こんなにわかりにくい詩集でいいんだろうか?」というような反応を示したのを記憶している。わたしは、詩集「花開くGENE」での経験から、それ以後の詩集では、徹底的に自分の作品を吟味してこれ以外ではありえないという結論を得るまでは原稿を送らないと決意していたので、貴重なアドバイスには感謝しつつも、大きな変更は受け入れなかった。
 詩集「ゴシップ・フェンス」は一見難解に見えるかもしれない。だが、少し辛抱して読み進めてもらえれば、人間の生きることの奇妙な面白さがわかっていただけると信じている。

7. 詩集「にげかすもきど」について

詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めた詩集である。
「にげかすもきど」は、日月火水目金土の「にち・げつ・か・すい・もく・きん・ど」の頭を取ってつけたものである。私の場合、言葉遊びの詩と言うのは意識して書けるものではなく、ひらめきが訪れてはじめて書けるものだと思う。そういう意味で、言葉遊びの詩というのは、書くのが難しく、神経を使って書く必要がある。お笑いと言うのは、人が笑ってなんぼのものだと思うが、笑わせるのは並大抵の技ではできない。
 自分にとって、もっとも尊敬する詩人は、谷川俊太郎さんである。ひらめきと言葉遣いの巧みさは天才的なものがある。いろいろなスタイルの詩を書かれているが、とりわけ言葉遊びにかけては、谷川さんに勝る詩人はいないと思う。
 そこで、詩集「にげかすもきど」を刊行するにあたって、思い切って、谷川さんに手紙を送って、帯文をお願いした。断られるかもしれないと思っていたら、谷川さんから、あっさりと帯文が送られてきて、自由に使ってよいと言ってくださった。有名な詩人だが、実に謙虚で親切なのにいたく感激して、ますますファンになってしまった。
 詩集「にげかすもきど」が刊行されてから、すぐに谷川さんにお礼をそえて詩集をお送りしたら、丁重な手紙にそえて、一冊の御著書をお送りくださった。 
 その後、洪水企画の池田さんは、雑誌「洪水」の企画で、谷川さんに仕事をお願いする機会があって、拙詩集について谷川さんに感想を求めたら、「よくできてるんじゃない」と答えてくれたと伝え聞いた。
 なお、詩集「にげかすもきど」の装幀については、知り合いの有望な若手グラフィックデザイナーの川田武志氏にお願いした。小さなおもちゃのようなキャラクターがたくさん並んで楽しげな絵柄は、詩集の内容とぴったりマッチしてとてもよい仕上がりだったと感謝している。
 編集の池田さんも、いつもと勝手がちがって苦労されたようだが、持ち前の頑張りで一味違った詩集を完成させてくれた。
 詩集「にげかすもきど」は、一見変な詩集だが、先入観なしに読んでくだされば、心から笑っていただけるものと信じています。

8. 詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」について

詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」は、日本語と英語が見開きの対照関係になっている詩集である。対訳と言うのが普通の言い方だと思うが、書いた本人の感覚からすると、一つの詩が英語と日本語とで融通無碍な感じで生まれてきたので、「対照」という言い方をした。
 
 大部分の詩は日本語が先にできたが、いくつかは英語が先にできた。
 英語にするということで短めの作品が多くなっているが、いろいろなスタイルの詩が一冊に収められているという意味では、最近のわたしには珍しい詩集である。
 
 英語は、若いころから親しんできたのでそれなりに理解力はあると思うが、外国人に通用するような英語になっているかと言えば、絶対的な自信はあるはずもなかったので、池田康編集人のすすめにしたがって、英文学者で歌人の大田美和さんに英語の監修をお願いした。真っ赤に手の入った原稿を見て驚いたが、真摯なやり取りの中で、両者納得づくで最終形がまとまったのだった。
 洪水企画の「詩人の遠征」シリーズのNo.5という位置づけで出版されたが、詩人本人が日本語と英語を同時に対照形式で詩集を編んだ例は我が国にはあまりないと思うので、国際化を目指す日本にとって文学面から一石を投じる意義はあると思っている。
 英語の詩が並んでいるということで、アレルギー反応を示す方もいないではないが、日本語だけを読んでいただいても結構なので、どうかあまり毛嫌いなさらずにお手に取っていただければ幸いである。

9. 詩集「思い出せない日の翌日」について

 自分としては、さまざまなスタイルの詩集を洪水企画より刊行したので、一区切りという趣旨もあって、洪水企画の仕事ぶりは大いに評価しつつも、その次の詩集はほかの出版社に依頼しようと思っていたら、ふと身近に水仁舎の北見俊一氏という絶好の人物がいることに気付いた。
 「09の会」という詩の合評会で1,2か月に一度は顔を合わせる仲であるし、年二回発行の詩誌「repure(ルピュール)」の編集発行者でもあるということで、頼みやすいということもあり、また、詩誌「repure」の造本技術には感動していたので、話をしたところ、快諾してくれたのだった。
 詩集「思い出せない日の翌日」に収めた詩篇は、すでに出版した他の詩集が比較的実験的な要素を持つとしたら、こちらはごく地味な日常の情景や思いを日記に近い感覚で書いたものだった。もちろん日記はそのままでは詩にはならないので、詩集にするに当たってはそれなりの工夫はしたつもりだったが、それでも自分のかなり本音に近い思いが漏れてしまったというような感じの詩集だった。
 詩集「思い出せない日の翌日」は、水仁舎の方針もあり、ISBN番号もとらず、Amazonなどの取り扱いもないということで、宣伝は自分次第という感じなので、わがブログで、このような「詩集つれづれ=問わず語り」というような文章を書いてみようかと思った次第である。
 今のところ、装幀の評判がとてもよいのだが、ついでに詩篇のほうもよい評判が得られたらうれしいと思っている。
 この詩集あるいはほかの詩集に少しでもご興味をお持ちの方がいらっしゃったら、お気軽に、わたし(南原充士)あてにお問い合わせください。
 よろしくお願いします。

# by nambara14 | 2018-12-30 11:40 | プロフィール | Comments(0)


 南原充士 平成30年(2018) 文学活動の記録


1.小説関係

 Amazon Kindle版電子書籍で6冊目の小説『カンダハルの星』出版(H30.4


     (参考) 既刊電子書籍小説


      BCCKS   『転生』

        Amazon 
               『エメラルドの海』
               『恋は影法師』
               『メコンの虹』
               『白い幻想』

            『血のカルナヴァル』


2.詩関係


詩誌「space 138号(時間論ⅩⅠ)
        139号(時間論ⅩⅡ)
        140号(時間論ⅩⅢ)
        141号(時間論ⅩⅣ)
        142号(時間論ⅩⅤ)
        143号(時間論ⅩⅥ

詩誌「repure 26号(持ち歌)
        27号(素粒子精神論)  

詩誌「詩素」  4号(T)(論考=文学のジャンル分けについて)(詩集評)
        5号(弔い)(論考=シェークスピアのソネット)

雑誌「みらいらん」 2号(河原修吾詩集『のれん』書評)

詩誌「buoy」創刊号 (詩2篇発表=動物、顔)
          

「09の会」(詩の合評会) 数回出席

「松下育男詩の教室(buoyの会」に毎月出席(H295月から参加)

阿部公彦主宰「英詩研究会」に出席(H309月)

詩集寸評 ブログ「きままな詩歌の森」に随時掲載

『うろこアンソロジー2018版』に 詩「ホルスタインの町から」を発表


(参考) 南原充士の既刊詩集


散歩道(私家版)

レクイエム(私家版)

エスの海(私家版)

個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか(近代文芸社)

笑顔の法則(思潮社)

花開くGENE(洪水企画)

タイムマシン幻想(洪水企画)

インサイド・アウト(洪水企画)

ゴシップ・フェンス(洪水企画)

にげかすもきど(洪水企画)

永遠の散歩者(洪水企画)

思い出せない日の翌日(水仁舎)


3.575系短詩および57577系短詩


   随時、ブログ「きままな詩歌と小説の森」に発表


   『南原充士 2018年 575系短詩』 年間とりまとめ発表。

   『南原充士 2018年 57577系短詩』 年間とりまとめ発表。


4.ブログ

「きままな詩歌と小説の森」
自作詩歌、詩集短評、ディラン・トマスの詩の翻訳、論考『価値観の研究』等を掲載。

(2018年は、シェークスピアのソネットの翻訳に着手)


「越落の園」


芸術評論等を発表。

しばらく更新していないが、折に触れて更新することにはしている。


5.SNS


   twitter
   Facebook
   mixi



# by nambara14 | 2018-12-29 17:05 | プロフィール | Comments(0)