光 陰
まず姿を消す
次いで空を飛ぶ
水中を自在に動く
地下深く潜る
自分の容積を捨て
重量を落とし
遺伝子を抜き去り
生命を離れる
地球を七回り半
太陽へは近づきすぎず
アンドロメダを横目で
宇宙の果てまで到達する
単位は混乱し
座標は取り違え
史実は消え失せ
音量だけが増大する
色彩は無限に分割され
ピントは合わせきれず
流れの傍らで
呆然と立ちすくむ
任意の時と所で
忽然と姿を現し
居場所を見つけえぬまま
さまよい続ける光陰のしっぽ
誘 惑
天使の心と悪魔のからだで
街角に立ってチラシを配りながら
ウインクをし笑顔を振りまく
うっかり見とれれば
魂を奪われて夢遊病者のように
商品の前に誘導されてしまう
麝香系の香りにくすぐられ
カラーシャドーの頬と
グローの効いたルージュに惑わされ
売り場に並ぶ小物をいくつか勧められ
考える間もなくレジに並び
クレジットカードを渡してしまう
三歩歩けば雷に打たれて正気に戻る
高額な請求書とすり替わった商品が
安っぽく手提げ袋に収まっている
不協和音
小さくて中ぐらいの高さの音で
目立たないけど快い響きを目指して
虫のように声帯をふるわせるつもりで
じんわりと音波の発出を試みる
静まり返った周囲の空気が振動し始め
たしかなこだまが聞こえたと思うそばから
超高音の裏返った声が制圧する
限りなく軌道を外しあう不揃いの楽器群
調和を探る迷路は深くむなしく
不整脈のような音響の伝播の中で
さらに超低音のトリルが忍び入ってくる
完ぺきな不調和に悦に入っている有象無象
見えないタクトが振り下ろされると
ミミズでさえ地中から臭いを発し
ゾウアザラシは鼻をそびやかして唸る
まったくありえないハルモニアが出現する
潮 騒
締め切った窓からも
かすかなざわめきは聞こえる
かなたの繰り返しのリズムが
この身の内なる躍動に解け合う
ざーっと寄せてざーっと引く
その単調さに耳を澄ますと
細かな音の上り下りが
複雑な陰影を生み出すことに気付く
嬉しいのか悲しいのか
感極まった叫びか嗚咽か
今の想像力で彩る過去が
裏切ろうとするのだろうか
花瓶に活けられた花の香に
めまいの中に倒れ行く手の先に
かすかに触れる見えない琴線の
受け渡しの記録を残し忘れて
一難去ってまた一難
プラットフォームでバランスを崩した
思わず手近なものに取りすがると
反動で大きななにかが転落した
急ブレーキだけが聞こえた
改札口を出ようとしたとき
機械が故障して脚をしたたか打った
歩いて帰ろうとしたが痛みが強まった
道端で休んでいると雨が降り出した
いざるように飛び込んだコンビニで
ビニール傘を買いお茶を飲んだ
覆面をした男がレジを襲い
店内はホールドアップされた
警察が来る前に男は逃走し
嵐のような表へ出ると道路は水浸し
傘は役に立たずびしょぬれの衣服は
からだに張りつき寒さでふるえた
家に着くと引き出しが開いていて
小物や書類が散らばっている
金目のものは盗まれている
命がなくなる前に風呂に入ろう