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詩集つれづれ

平成もいよいよ最後の日を迎えます。
大型連休を有意義にお過ごしの方も多いのではないでしょうか?
読書を楽しまれる方もいらっしゃると思います。
そんな方々に、ぜひわが詩集をお読みいただければと望みます。どうぞよろしくお願いいたします!

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『 詩集つれづれ=問わず語り 』 
                                          
1.南原充士詩集=わが既刊詩集12冊を振り返って

 これまでの詩集についてどんな思いで刊行したのか振り返ってみたい。
 まず、詩集「思い出せない日の翌日」は、自分としてはきわめて「私的」な位置から「私的」な思いを込めて書いた詩を集めたものだと思っている。
 いくつかのスタイルの詩を同時並行して書いてきた自分としては、フィクション性の強い詩集「ゴシップ・フェンス」から、私的な感覚を基礎とした詩集「インサイド・アウト」までの広がりを自分なりに書き分けることで、自分の詩への思いや表現法を見出してきたのだと思っている。
 詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めたもので、ユーモアやナンセンスは詩の重要な要素だと同時に、なにより楽しめるのがいいと思って出したものだ。
 英和対照詩集「永遠の散歩者」(A Permanent Stroller)は、多様なスタイルの短めの詩を集めたものだが、英語と日本語とワンセットで出したところに新鮮さがあると思っている。
 詩集「タイムマシン幻想」は、医学のほか物理学や文学の古今の偉人をとりあげ、現在過去未来を行き来する感覚で書いたショートショート風の作品集である。
 詩集「花開くGENE」は、遺伝子に運命づけられる人間の祈りをテーマに、言葉遊び、抒情詩、叙事詩という三部構成でまとめたものである。
 詩集「笑顔の法則」は、横書きの詩集で、記号を多用し、実験的な作風の詩を集めたものである。「わたしは笑いながら死んでいけます」と言った少女の言葉がきっかけとなって書き始めた詩集である。
 詩集「個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか」は、40歳ごろから10年ほど詩作を中断していた折に、出版社からの誘いがあって、30代後半にノートに書きつけていた詩を中心として詩集を出した。これをきっかけに詩作を再開した自分として思い出深い詩集である。 
ついでに、過去の詩集を振り返ると、私家版として出した詩集『散歩道』、詩集『レクイエム』、詩集『エスの海』がある。
 詩集『散歩道』は、自分にとって初めての詩集で、昭和51(1976)年、27歳の時に出した抒情詩集である。
 詩集『レクイエム』は、抒情詩を中心としながらも生きる不安を表現する詩も含めた。
 詩集『エスの海』は、レトリックにこだわったやや長めの詩を10篇だけ収録した詩集である。
 以上の3詩集は、発行部数も100部と少なかったので、多くの読者に届けることができなかった。
 特に、『エスの海』は、数十部しか読者に届けていない。
 『エスの海』は、昭和58(1983)年発行の詩集だが、平成13(2001)年発行の詩集『個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか』までは、18年間の時間差がある。
 そのうちの10年間は、詩作からも詩を読むことからも遠ざかってしまったのだった。

2.詩集刊行にまつわるエピソード=詩集「笑顔の法則」から

 詩集を出すことを前提に意識的に詩を書きだしたのは、詩集「笑顔の法則」からだ。
 バッハの無伴奏チェロ組曲に聴き惚れていた頃、自分も組曲のような詩集を出したいと思って、詩篇の数やテーマやスタイルを最初から決めて書いたものだ。
 この詩集は、パソコンやケイタイメールのような横書きのスタイルを取り、各種の記号を多用した実験的な詩集だったので、思潮社に出版をお願いしたところ、すこし検討させて欲しいと言われて焦ったが、結局引き受けてくれて、出版にこぎつけることができたのだった。
 日本文学の伝統的な縦書きのスタイルからすれば、横書きで記号を多く使った詩集は新奇なものと映ったと思われるが、自分としては、時代が変われば表現のスタイルが変化するのは自然なことだと考えて、特別反抗的な意図はなしに、そのような詩集を刊行したのだった。
 その後、横書きの詩集は刊行していないが、そのときどきの自分の感覚に従ってスタイルを選択しているだけで、基本的には、詩集のスタイルは著者が自由に考えればよいのではないかと思っている。
  詩集「笑顔の法則」は、平成17(2005)年発行だから、十年余り前ということになる。
   
  この十年余りというのは、この詩集をきっかけとして、自分の書きたいことを書きたいように書くということに徹してきた。詩を書くことはとても難しいことだと思うが、苦しみ半分、楽しみ半分で書いている。求道者のようにまじめくさった姿勢は苦手なのである。
 詩集「笑顔の法則」の表紙は、思潮社編集部で作っていただいたが、ポップな感じが詩の雰囲気とマッチしているのが気に入っている。
 ちょっと風変わりな詩集を好む読者には喜んでもらえると
思っている。

3.洪水企画とのかかわり、詩集「花開くGENE」の刊行について

これまで私家版を含めて12冊の詩集を出してきたが、そのうち6冊は洪水企画から出している。
 自分が詩集を出し続けてこれたのも、洪水企画の池田康氏のおかげだと感謝している。
 池田氏とはじめて会った時、彼はとある出版社で詩歌関係の編集の仕事をしていたが、独立して出版社を始めることを考えていたようだった。
 その後、池田氏は予定通り独立して、詩と音楽の雑誌「洪水」を創刊するとともに、詩歌と音楽関係の書籍の出版をてがけるようになった。
 わたしが詩集を出したいと考えていると話すと、自分が作ってもいいと言ってくれたので、詩集「花開くGENE」の制作を依頼した。
 洪水企画から出版する書籍第一号ということで、池田氏も相当力が入っていたのだと思うが、詩集の原稿を送ると、作品の並べ方や、一篇一篇の詩篇ごとへの評価や修正意見、さらには作品の取捨選択についてまで、詳細に検討の上指摘をしてくれた。わたしも真剣に彼の意見に耳を傾け、受け入れられる限りはその意見に従って、最初の原稿を大幅に変更したのだった。あわせて、彼の意見にしたがって、詩集のタイトルも変更した。
 そうしてやっと出版にこぎつけた詩集「花開くGENE」は、装幀も詩篇も含めて大いに満足できる仕上がりだった。
 池田氏は、文学だけでなく、音楽、美術などの芸術一般に通じている上、大学院では哲学を専攻するなど、幅広い教養の持ち主である。英語やドイツ語など語学にも通じていて、外国の芸術にも造詣が深い。
 その上本造りのセンスも抜群で、編集から出版までの情熱あふれる仕事ぶりは敬服に値する。
 そのような経験を踏まえて、さらに5冊の詩集作りを池田氏にお願いすることになったのだった。

4. 詩集「タイムマシン幻想」について
 
洪水企画から出した二番目の詩集が「タイムマシン幻想」である。
 自分が健康を損なって入院手術を経験したことで、人間の体というものをきちんと勉強しておく必要があると思うようになり、医学の入門書を読みあさったり、テレビの健康番組を見たり、新聞やインターネットなどで医学や健康に係わる情報を仕入れていたときに、ヒポクラテスという偉大な医師がいたことを知った。「ヒポクラテスの肖像」という詩はそのようにしてできた。
 野口英世、緒方洪庵、杉田玄白、ジェンナー、バンティングなどの医師のことを調べているうちに、タイムマシンに乗って時間を移動するという設定が詩としてもおもしろいのではないかと感じて、詩集のタイトルを「タイムマシン幻想」と名づけたのだった。
 作品の中には、ツタンカーメン、紫式部、モーツァルトなどにも登場してもらったりして、作者としても意図せずしてふしぎな経験ができたと思っている。歴史上有名な人物を登場させた作品だけでなく、SF的なストーリー性を持った作品も収めている。フィクション性の強いショートショート風の趣を呈する作品集とも言える詩集である。ユニークな発想の物語を好む読者になら十分楽しんでいただけると思います。

5. 詩集「インサイド・アウト」について
詩集「インサイド・アウト」は、肉親の死がきっかけとなって生まれた。詩集のはじめの数篇は故人への思いを述べている。詩篇は、日常の何気ない情景の中に感じられる喪失感をさまざまに描いたあと、しだいに生きる喜びを見出す心境へと行き着く。
 帯には、「等身大の抒情詩篇」とあるが、厳密にはフィクションも混じっている。そういう意味では、詩集「思い出せない日の翌日」のほうがより私的な思いに徹した内容になっていると思う。
 詩集「インサイド・アウト」の装幀は、赤や黒や銀色など、インパクトの強い色使いがなされている。
 洪水企画から刊行した6冊の詩集のうち詩集 「にげかすもきど」を除いては巖谷純介氏が装幀を担当してくれている。詩集の内容にあわせた大胆なデザインの装幀はそれぞれの詩集を個性あふれるものにしていると思う。
 読者諸兄におかれては、詩集に収められた詩篇と同時に装幀も楽しんで頂きたいと思う。

6. 詩集「ゴシップ・フェンス」について
詩集「ゴシップ・フェンス」は、虚構性や暗喩や観念性にこだわった詩篇を集めたものである。
 自分にとって洪水企画から出した4冊目の詩集である。
 ゴシップ・フェンスというタイトルは、愛読していたアメリカのマンガ「Snuffy Smith」に登場する、アメリカ南部の牧場のフェンスで、隣り合った牧場の奥さん同士がしょっちゅうそのフェンスにもたれてよもやま話をするということから、「ゴシップ・フェンス」と名付けられていたのを、借用したものである。日本でなら、さしずめ、井戸端会議といったところだろうか。ご興味のある方は、”snuffy smith comic”で検索すればすぐに画像をご覧いただけると思います。博打好きの亭主が主人公で、南部なまりの英語がめずらしくもあります。
 詩集は、物語風の作品からはじまって、次第に奇妙な感覚にとらわれる種々の作品へと移っていく。
詩がしだいに書き手から離れて詩の女神の言うとおりに書かされて自立していくという珍しい経験をしたものである。それを自分では「絶対芸術」という言葉で形容した。
 そういう意味では、この詩集は、わたしの詩集の中ではもっともとっつきにくいものだろう。洪水企画の池田康氏も、編集段階で、「こんなにわかりにくい詩集でいいんだろうか?」というような反応を示したのを記憶している。わたしは、詩集「花開くGENE」での経験から、それ以後の詩集では、徹底的に自分の作品を吟味してこれ以外ではありえないという結論を得るまでは原稿を送らないと決意していたので、貴重なアドバイスには感謝しつつも、大きな変更は受け入れなかった。
 詩集「ゴシップ・フェンス」は一見難解に見えるかもしれない。だが、少し辛抱して読み進めてもらえれば、人間の生きることの奇妙な面白さがわかっていただけると信じている。

7. 詩集「にげかすもきど」について
詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めた詩集である。
「にげかすもきど」は、日月火水目金土の「にち・げつ・か・すい・もく・きん・ど」の頭を取ってつけたものである。私の場合、言葉遊びの詩と言うのは意識して書けるものではなく、ひらめきが訪れてはじめて書けるものだと思う。そういう意味で、言葉遊びの詩というのは、書くのが難しく、神経を使って書く必要がある。お笑いと言うのは、人が笑ってなんぼのものだと思うが、笑わせるのは並大抵の技ではできない。
 自分にとって、もっとも尊敬する詩人は、谷川俊太郎さんである。ひらめきと言葉遣いの巧みさは天才的なものがある。いろいろなスタイルの詩を書かれているが、とりわけ言葉遊びにかけては、谷川さんに勝る詩人はいないと思う。
 そこで、詩集「にげかすもきど」を刊行するにあたって、思い切って、谷川さんに手紙を送って、帯文をお願いした。断られるかもしれないと思っていたら、谷川さんから、あっさりと帯文が送られてきて、自由に使ってよいと言ってくださった。有名な詩人だが、実に謙虚で親切なのにいたく感激して、ますますファンになってしまった。
 詩集「にげかすもきど」が刊行されてから、すぐに谷川さんにお礼をそえて詩集をお送りしたら、丁重な手紙にそえて、一冊の御著書をお送りくださった。 
 その後、洪水企画の池田さんは、雑誌「洪水」の企画で、谷川さんに仕事をお願いする機会があって、拙詩集について谷川さんに感想を求めたら、「よくできてるんじゃない」と答えてくれたと伝え聞いた。
 なお、詩集「にげかすもきど」の装幀については、知り合いの有望な若手グラフィックデザイナーの川田武志氏にお願いした。小さなおもちゃのようなキャラクターがたくさん並んで楽しげな絵柄は、詩集の内容とぴったりマッチしてとてもよい仕上がりだったと感謝している。
 編集の池田さんも、いつもと勝手がちがって苦労されたようだが、持ち前の頑張りで一味違った詩集を完成させてくれた。
 詩集「にげかすもきど」は、一見変な詩集だが、先入観なしに読んでくだされば、心から笑っていただけるものと信じています。

8. 詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」について
詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」は、日本語と英語が見開きの対照関係になっている詩集である。対訳と言うのが普通の言い方だと思うが、書いた本人の感覚からすると、一つの詩が英語と日本語とで融通無碍な感じで生まれてきたので、「対照」という言い方をした。
 
 大部分の詩は日本語が先にできたが、いくつかは英語が先にできた。
 英語にするということで短めの作品が多くなっているが、いろいろなスタイルの詩が一冊に収められているという意味では、最近のわたしには珍しい詩集である。
 
 英語は、若いころから親しんできたのでそれなりに理解力はあると思うが、外国人に通用するような英語になっているかと言えば、絶対的な自信はあるはずもなかったので、池田康編集人のすすめにしたがって、英文学者で歌人の大田美和さんに英語の監修をお願いした。真っ赤に手の入った原稿を見て驚いたが、真摯なやり取りの中で、両者納得づくで最終形がまとまったのだった。
 洪水企画の「詩人の遠征」シリーズのNo.5という位置づけで出版されたが、詩人本人が日本語と英語を同時に対照形式で詩集を編んだ例は我が国にはあまりないと思うので、国際化を目指す日本にとって文学面から一石を投じる意義はあると思っている。
 英語の詩が並んでいるということで、アレルギー反応を示す方もいないではないが、日本語だけを読んでいただいても結構なので、どうかあまり毛嫌いなさらずにお手に取っていただければ幸いである。

9. 詩集「思い出せない日の翌日」について
 自分としては、さまざまなスタイルの詩集を洪水企画より刊行したので、一区切りという趣旨もあって、洪水企画の仕事ぶりは大いに評価しつつも、その次の詩集はほかの出版社に依頼しようと思っていたら、ふと身近に水仁舎の北見俊一氏という絶好の人物がいることに気付いた。
 「09の会」という詩の合評会で1,2か月に一度は顔を合わせる仲であるし、年二回発行の詩誌「repure(ルピュール)」の編集発行者でもあるということで、頼みやすいということもあり、また、詩誌「repure」の造本技術には感動していたので、話をしたところ、快諾してくれたのだった。
 詩集「思い出せない日の翌日」に収めた詩篇は、すでに出版した他の詩集が比較的実験的な要素を持つとしたら、こちらはごく地味な日常の情景や思いを日記に近い感覚で書いたものだった。もちろん日記はそのままでは詩にはならないので、詩集にするに当たってはそれなりの工夫はしたつもりだったが、それでも自分のかなり本音に近い思いが漏れてしまったというような感じの詩集だった。
 詩集「思い出せない日の翌日」は、水仁舎の方針もあり、ISBN番号もとらず、Amazonなどの取り扱いもないということで、宣伝は自分次第という感じなので、わがブログで、このような「詩集つれづれ=問わず語り」というような文章を書いてみようかと思った次第である。
 今のところ、装幀の評判がとてもよいのだが、ついでに詩篇のほうもよい評判が得られたらうれしいと思っている。
 この詩集あるいはほかの詩集に少しでもご興味をお持ちの方がいらっしゃったら、お気軽に、わたし(南原充士)あてにお問い合わせください。
 よろしくお願いします。


by nambara14 | 2019-04-29 10:07 | 既刊詩集のご案内 | Comments(0)


平成31年4月30日へ


   ―575系短詩―


新学期 どぶより揚げる 鍵ひとつ

動乱は 世界の習い つつじ咲く

Cathédrale Notre-Dame de Paris

遥かなる 我等が貴婦人 立ち直りませ

騙し絵を 歩まする影 燕子花

目に青葉 鎮守の森に 鳥の声

早緑は 濃紺の影 葉の裏に

ポケットを 手探りすれば 古マスク

マフラーを 外してみれば 寒気去る

試みに 歩いてみれば 風ぬくし

行く人の 感じよければ 水ぬるむ

ままならぬ 巷を行けば 零度C

凍えても 恵みの雨と 思いつつ

氷雨とは 違う言葉を さがしつつ

食欲に 任せて食す  ボタン鍋

押さえ込め 人ではないよ インフルエンザ

延々と うねる寒暖 区切りつけ

入試には 没頭するか ぼっとする

乱高下 春への習い グラフ描く

暖房を 強めて食べる アイスクリーム

冷房を 効かして舐める アイスキャンディ

春夏秋冬 アイスクリームは 欠かせない?

カレンダー 日めくりにして あと334枚

心には 燃えろペチカよ 赤々と

雪もよい いつか童話の 主人公

凍てつくも なんのこれしき 間氷期

二月へと 目盛りをつけて なだれ込む

身と心 雹が降っても 離れない

イメージの 貧困招く 厳冬期

寒風を 友と思って 歩き出す

着ぶくれて 心は縮む 雲浮かぶ

あっけらかん マスクの下は 風邪っ引き

床暖房 望むべくなし 身は縮む

風痛い 肌吹き付ける 雪だるま

赤切れを 包む法なし 撫でさする

寒風を 突いてにぎわう この寿司屋

寒ブリを ともに食する ひとあれば

ふぐ刺しに フォーク一刺し 味沁みる

望郷の アンコウ鍋よ 揺れている

心する 無我を乱して ファンヒーター

直観の 寒気に冴えて 寂しがる

晴れ渡る 冷たい青の まぶしさよ

人と成る 前後不覚の 白昼夢

痛覚の やけに尖って さらす顔

マスクして 帽子かぶって 不審物

年明けて 見つかりました 遺失物

初夢を 見ぬまま過ぎぬ 視床下部

忘年を 忘れ得ぬまま 新年会

寒風に 完封されて 閑居する



by nambara14 | 2019-04-29 09:36 | 五七五系短詩 | Comments(0)


みなさん、連休はいかがお過ごしですか?
読書にも最適の機会だと思いますが、
読書の選択肢にぜひ小生の電子書籍小説も加えてくだされば幸いです。どうぞよろしくお願いします!

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『南原充士の電子書籍小説』の御紹介


1.BCCKS

 SF小説『転生』。宇宙飛行士の主人公が不時着したアレー星での主人公コータとアレー星人とのやりとりが目玉です。短編ですからすぐ読めますよ!

2.Amazon (Kindle版)

①小説『エメラルドの海』は、30年近く前の沖縄が舞台の、ダイビングと悲恋の物語です。

②小説『恋は影法師』は、初老のシェークスピア学者が、イギリスでアメリカ人女性と恋に落ちて、天国と地獄を経験する物語です。色恋とお金のごたごたは、古今東西変わらぬテーマですよね?

③小説『メコンの虹』は、日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた主人公が、東南アジア諸国とのビジネスの展開を目指してさまざまな模索をするとともに、現地女性と恋に落ちたり、さらには想定外の災害に巻き込まれたりするなど、波乱に富んだ物語です。

④小説『白い幻想』は、日本人の夫と中国人の妻、アメリカ人の夫と日本人の妻、二組みの夫婦のあいだで起こる恋模様とビジネス上の争いと悲劇的な結末を描いた物語です。

⑤小説『血のカルナヴァル』は、リオデジャネイロでカルナヴァルの夜に誘拐事件に巻き込まれた日本人ボサノヴァ歌手とファンクラブのメンバーの動静を描いた重たいドラマです。日系ブラジル人も重要な登場人物です。

⑥小説『カンダハルの星』は、アメリカの協力でパイロットの訓練を受けるアフガニスタンの四人の女性兵士の物語です。さまざまな事件・事故が起きる中で彼女たちは無事訓練を修了することができるでしょうか?アメリカ人と日本人とのかかわりもあって、異文化交流のようすも物語の重要な要素です。

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 電子書籍は安価に入手できますし、読み慣れれば気軽にアクセスできますので、どれか一冊でもいいですから、みなさまぜひ覗いてみてください。無料の試し読みもできますのでね!よろしくお願いいたします!



by nambara14 | 2019-04-29 08:55 | Comments(0)


    平成31年4月30日へ 


      (57577系短詩)



晴れました 心も弾み 身も軽く 飛び行く翼 仰ぎ見ました

まだ見ぬと 思う濫觴 求めては 分け入る秘境 霞は深し

突き詰めて なにを思うか わが心 夕べの枕 覚め残る夢

だれひとり わかりあえずに 過ぎていく 時さえ知らず 空に帰るか

どこまでも この道を行く どの道と しかとわからぬ この道を行く

みなひとり 閉じ込められて もがきつつ 嗚咽の内に こころを開く

だれからも 理解されぬと 思っても 引き返せない 片道を行く

気が付けば ひとり歩いて はるばると 来てしまったよ 山の向こうへ

孫のため 俊太郎詩集 買っておく じーじばーばは 普通の人々

離己という 遠喩に入りて しがらみの 近喩を去れば 晴れ渡る視野

連休は なにかいいこと あればいい なければないで しょうがないよね

いまよりも だいじなものが あるだろか わたしにとって あなたにとって

咳やまぬ 同僚に告ぐ 連休の 始まる前に 受診済ませよ

恥じらいも 衒いもなくて 厚顔の 無知蒙昧の 虫酸走らす

名人の 目と手と勘を 身に着けて 力の限り 作り込む技

何事も ツボを心得 磨きたる 技を用いて 核心を突く

そこだよと 指圧師に言う 効く壷を ピンポイントで 探り当てる手

許さない ごめんなさいね 許せない 申し訳ない こんこんちきめ

ごめんねと 謝るだけじゃ すまないと すごむあなたに 鬼の影射す

鳥重の 鳥焼く煙 空へ逃げ ふんわりご飯 七味がしみる

しらんふり してもされても とつくにの いじんのように とちにとけこむ

降り出して このまま行くか とどまるか 雨傘とりに 戻るとするか

ひととおり 体操すれば 脳髄も すこし目覚めて ほほえむだろう

こもりくの 空耳に似て 反響す 出口はきっと どこかにあると

それぞれの 品格を持つ 一個人 あきれるほどの バイアスあれば

結局は 名前を呼べば 関係が 広がってゆく 味な手腕だ

わたしから 名前が生まれ それぞれが わたしとなって みんなになった

人ごみを 歩いていたら 新詩集 『普通の人々』 名前が浮かぶ

ほっつけば 袋小路に 迷い込み うわわんわんと 吠えつつ走る

飄々と 振る舞う振りの 老後にも 狂おしき春 乱れ咲く花

我知らず 傷つけたるも 返り血を 浴びて傷つく 蛇蝎にあらず

掌に 見えぬ決意を 握りしめ 汗ばむ道を 走る初夏

一個人 限りある時 惜しみつつ 炎を燃やす 片道の旅

アドヴァイス 受け入れてみる 迷いつつ 道が開けて 驚きのワオ

物知りの 過剰な読みに 辟易し 海辺に立ちて 波の寄す見る

真率の 思いはすぐに 通じない 気長に待とう 霧の晴れる日

果樹園の 枝を剪り取る 鉄ばさみ 砥ぎ直しては 台に揃える

傷口の 強い痛みに 堪えかねて 呻く心に 膏薬を貼る

今日の日も 烏合の衆に 紛れつつ ひとりの御託 並べて生きる

はるかなる 空のむこうの 宙を見る 望遠鏡の 届かぬ先よ

折れそうで 割れてしぼんで 消えそうな こころの痛み 静かに耐える

いさかいも 誤解も嘘も 腹立ちも 生きとし生ける もののスパイス

どこまでも ひとりになれば 自らの 顔を失い 迷い込む闇

幻の 湖底に眠る 伝説の 胡蝶の夢に 忍び入る影

真空の 缶詰開ける 心境で エアーポケット 霞吸い取る

浅はかな おのれと知れど いやまさる 軽薄至極 縁なき衆生

満月に 吠えもせずして さまよえる 笑い禁じて 硬直の頬

訳知りの 言い草注意 取り分けて 水に届かぬ 井戸のごとくに

生物の 多様性とは 一様な 宇宙の一隅 かすかな揺らぎ?

何事も 十人十色 信じつつ わが文章の 世界を拓く

りんりんと 鈴を鳴らして 行く道は どこまで行っても 帰らない道

あきらめの わるいやつだと 捨て台詞 なんの未練が あるはずもなし

倍の蔵 トリプルにして カドリール ペンタゴンから羞恥心へと

歩きゆく からだのほてり 上着脱ぐ 心の翼 空へ翔けろと

ありえない からみなどかは おもてへと でかけてみれば 上着もいらず

おだやかな 日差しの中を 歩くとき いまどこわれを 忘れる心地す

かなしいと いえばかなしく うれしいと いえばうれしい かんじょうせんよ

遠くから 歩いてくるは うらぶれた おじさんらしい 目をそらしても

ゆりかもめ おまえのねぐらは どこにある さまようままに あるがままなる

かすみいる 河口に立ちて 海鳥の 浮かぶを見れば しばし忘我す

あんなにも 強くしなやか 正確で 微妙なタッチ 戻りしタイガー

こんなにも 頭陀の虚妄に とらわれて 魚類のごとく もがく深海

万朶から 葉桜となり 新緑の 盛りとなれば 心せかるる

おだやかな 陽気となれば ひともまた 隣り合っては 新緑めでる

春らしき 季節となれな おれもまた ひとらしくなる 心意気生う

だまし絵に 隠れいるのは 情けなき 流浪の民か 現人神か

かりそめの いのちと知れど なにほどの いきざまはある 行く先々に

はからずも 蹴りし小石が 飛び行けば 犬吠埼の 灯台白し

神経の 結晶ゆるみ 万華鏡 空へ映るは 巨大曼荼羅

今日もまた 一兵卒が 行き過ぎる 幻の春を 探し求めて

ようやくに 春本番と 言えそうな 朧の空を 見上げつつ笑む

理屈っぽい 若者いれば 苦笑い なよなよとした 見かけ裏切る

笑顔にて 辞表渡され 戸惑いしと マスター言うを ただうなずきぬ

あやまりの 言葉知らぬか 白糠に かつて走りし 鉄路を思う

父もまた 兵卒なりき 満州の 凍える豚舎 汚辱落としき

かのように ただ湧き出づる 幻想を つぶやくことを 至福と思う

隠れ家に 肉焼く臭い 幻の 宴を封じ 銀箔を貼る

乱れるは 季節の移り 空想の 一兵卒に 歩調合せる

観念の 色香のごとき 棒杭の 波にさらされ 朽ち果てんとす

いくたびも 寒の戻りと 縮こまる 身の中ほどの 宙なる部分

もしきみが 批判を抱いて いるならば 再三沈思 黙考の後に

もしきみが はずみで批判 したならば 軽くいなすか あやまってしまおう

もしきみが だれかを批判 するときは 批判の応酬 勝ち切る覚悟で

悩みなく 迷いもなくて ひたすらに 走るかのよう 幼年時代

小学校 入学式は 桜舞う 若父母の 色香さかまく

岩ばかり 掘り当てる日は 軟弱な 心の先を 削られる気す

不可思議も 慣れてしまえば 当たり前 奇跡の中で のんびり暮らす

まぶしさに 惹かれるものは どこにある 吹き抜ける風 心の隙間

桜咲く 道を歩けば 冷たさの 風のうなりも やや弱に見ゆ

春寒に 戸惑うひとよ 帰り来て ワイングラスに 注ぐ妙薬

生真面目な 振りしていても 本当は 不真面目なとこ ないはずはない

いい意味の 頑固さはある 譲れない 信念もある 一寸の虫にも

どこからか 生まれ来るもの 手を貸して 産声を聞く 光の耳朶で

千万語 尽くしてもなお 通じえぬ 心の距離を 身体で行く

混沌の 泥の流れに 湧き出づる 清水汲みとる 竿を片手に

ときたまに 波長が合って 淀みなく 言葉交わせる ひとと出会える

金クレル 日がくれる ひねくれる なにくれとなく せわしてくれーる

暗いなあ クライマーより クレーマー シュアラクレム サクレクール

クールダウン 罵り合うは 避けたいと 一呼吸置く 緑茶一煎

クレーマー 苦情ばかりじゃ 浮かばれぬ クライマーへと 登りゆきたし

いつの間に 花咲く準備 散る用意 一度だけでも 河畔歩こう

うららかな 散歩日和は 得した気分 鴨を見かけて ゆったり行くよ

雨上がり くもりの中を 飛ぶかもめ 橋の閃光 はるかに超えて

真夜中の 怪人という 触れ込みの 隣人あれば 覗き見んとす

晴れたるも 風冷たくて 歩むとき 身の縮こまる 心地に沈む

ともすれば 悲観する癖 哀感の 面さらして 凍れる微笑

暮れ行けば 錯乱来たり 神経の まだらに絡み 途方に暮れる

時ゆえに こころ静まり 春風が そよ吹くころに なりましたねえ

掌を 返す如くに 去りゆかん 振り向きはせぬ 決めた以上は

ともすれば 自問自答の 性癖を さらしてしまう 春の嵐に

いつのまに 火照るからだが 飛ぶように 前へ前へと 進む気持ちも

別れても 次の出会いが あるという 起点に帰り 歩き始める

さはされど 恨みは捨てて まみえ得ぬ 定めと思い かろやかに行く

決断の 痛みはあれど 一寸の 虫にもと思う 魂あれば

どうしても 相容れぬもの やむをえぬ 未練を絶って 転戦すべし

ひとはみな 宇宙の塵か 散り散りに 果て無き闇を 永遠に漂う

雑多なる 諸行無常の 塵芥 無関係なる 乗客のごと

目的は 生後に探す 人間の 一生一度の 晴れ姿とは

豆を挽く 香り広がる リビングに 故人のように 腰かけてみる

ひとやすみ ふたやすみして また休む やすみがちだと 気づかぬままに

季節には しばられたくない 遊ぶなら 神経衰弱 ゆやゆよーん

ひととして 歩いていくよ 雨の中 二月の終わり 冷たく濡れて

見るからに へそまがりでも るいせんは ゆるゆるとして なけるものだよ

ひとがみな ひかれるものに ひかれない ひとりだけでも ひかんはしない

しあわせな あなたの顔を 見るだけで わたしの気持ちも あたたかくなる

ちっぽけな 自分と知れば おのずから こうべを垂れて 控えめに行く

ちっぽけな ひっかかりでも 取り除き すべすべすれば 気分すぐれる

ちっぽけな 雲の切れ端 飛んでいけ 風の通い路 空高く舞え

あたたかな 日差しがあれば 心浮く 無重力へと 体も浮かぶ

思い出は 美しくあれ 目の前に 広がる今は 思い出になる

のりひびに 育つのりのめ 黒々と 冷たき水に 輝いて見ゆ

複雑な 機構制する 力学の 壊れるまでに 怒り狂える

もっともっと 外苑へ行け 中庭に こもる心の 影は薄らぐ

なにごとも 目利きは貴重 物事の 本質を見る 眼力鋭く

雨水とは 今日のことかと 知ってみれば 雨もよいの空 特別に見る

なにごとも 生きるスパイス 自らに 言い聞かせては くしゃみ一発

差異あれば 同一もある 自他の中 この衝撃が 弛緩する距離

ふと見れば 日差しあたたか なごむ顔 背筋が伸びて 心はスキップ

粉雪の 白梅に舞う 昼下がり 花の季節に 心浮き立つ

いくたびも チェックを重ね 推敲し 消して直して 足して削って

アイデアを かたちにせんと あれこれと 思い悩んで ようやく至る

舞う小雪 水面に落ちて 泡沫も 凍れる笑みを 残しつつ消ゆ

無理解の 思い込みさえ 坦懐に 接してみれば 愉快な仲間

できるなら 春風駘蕩 ゆったりと 道行くひとの 目には触れずに

聴き惚れる 音楽台詞 笑い出す 落語漫才 日々是好日

よしあしを えらぶすべなし このみせに こなけりゃほかは きゃくでいっぱい

はやる店 はやらない店 それなりに わけがあるとは 思ってみるが

切り替える スイッチ見えず システムの ランダムばかり 徐々に際立つ

不可解な 靄の塊 受け継いで さらに謎めく 虚仮を 引き継ぐ

言葉より 先に来るもの 忘れては 虚ろな声が 響く洞穴

先人が 幻と見た 現実に ヴァーチャルが来て 超現実感

幻想を 実体と見る 幻覚を 振り払う手は ないと知りつつ

すれ違う 幼稚園児や 小中高 学生大人 老人犬猫

大半は 見捨て聞き捨て 読み流し 反故にまとめて 廃棄されたか

日々出会う 小さなつまずき 大きな打撃 宙ぶらりんの 魂の位置

迷いつつ お茶を濁して ふらついて 歩いて来たし 歩いていくよ

筋肉の 体操すれば 痛み来る 心を強く 鍛え直せと

限りある 時を愛しみ 古びても 便利な機械 磨いて使う

祝われる 立場は不慣れ ぎこちなく 笑顔作れば シャッター降りる

どこからか 聞こえる音は 雪解けの 水の流れと 耳を澄ませる

しんしんと 冷える大気を 吸いながら やってくるひと 迎えるこころ

極小の かすかな意識 潜在の リズム頼りに 生息持続

春まだき 凍る涙を ぬぐいつつ ひそかな決意 心に刻む

惑いつつ 歩み来れば この先も 続く迷路と 覚悟して行く

できるなら 心静かに ひっそりと 友と語らう そよ風の中

心得を 箇条書きして 眺めれば 体得するの 困難思う

ブレンドの ワインの香と 舌触り 言葉にできない のど越しの味

あたまでは わかっていても からだでは 感じられない 地球の自転

変わりゆく 時代に遅れる 感覚に さらに遅れる 言葉を話す

春めいて ほっとするのも 束の間に 冬に戻るは いたずら小僧

立春の 空に誘われ 心浮く 身に覚えなき 霹靂の来る

春めいて こころ浮く間も たちまちに 寒の戻りに 身の縮む朝

天候は 上から目線 あまねくも 照らし濡らして 揺らし吹きつく

身を守る すべはわずかに 学び来て 着たり脱いだり 伏せたり避けたり

春を待つ 心優しき 生物の 親しき中にも 礼儀忘れず

愚弄する 口角に泡 人として 恥ずべきことは 避けて控える

立春の 訪れる頃 思い出す あんな出来事 こんな感じを



by nambara14 | 2019-04-28 12:56 | 五七五七七系短詩 | Comments(0)


ソネット 53


        W. シェークスピア


あなたがそれから作られている実質とはなんだろう?

その実質には見知らぬあなたの影が従っている

なぜならすべての実質はひとつの影を持ち

唯一の実質であるあなたはすべての影を与えることができるから、

アドニスを表現するとすれば、その模写は

ほとんどあなたに似てはいないだろう

ヘレナの頬にはあらゆる美の技法が施されているので

あなたはギリシア風の服装で新たに描き直される、

春について述べよう、そうしてその年の豊作についても

春はあなたの美しさの影を示す

その年の豊作はあなたの賜物として現れる

そしてあなたは人も知るあらゆる美しい姿と

あなたが分かち持つあらゆる外面の優美さをもって現れる

だが変わらぬ心といえば あなたはそうではない、そういうあなたではないのだ。


Sonnet LIII


       W. Shakespeare

    

What is your substance, whereof are you made,

That millions of strange shadows on you tend?

Since every one hath, every one, one shade,

And you but one, can every shadow lend.

Describe Adonis, and the counterfeit

Is poorly imitated after you;

On Helen's cheek all art of beauty set,

And you in Grecian tires are painted new:

Speak of the spring, and foison of the year,

The one doth shadow of your beauty show,

The other as your bounty doth appear;

And you in every blessed shape we know.

In all external grace you have some part,

But you like none, none you, for constant heart.



by nambara14 | 2019-04-23 09:59 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 52


       W. シェークスピア



わたしもそうだが 金持ちの福の鍵は彼を

大切にしまってある財宝へと導くことができる

滅多に訪れない快楽の尖った先端がなまくらになることを恐れても

常時財宝を見張っていることはしないだろう、 

それゆえに祝祭はかくも荘厳でかくも稀有なのだ

なぜなら祝祭は 高価な宝石のようにまばらに配置され

あるいは首飾りの中のメインの宝石のように

長い年月においても滅多に訪れることがないからだ、

時もまた わたしの宝石箱のように

あるいは衣装を隠しておく衣裳部屋のようにあなたをしまっておく

閉じ込められた名誉が新たに開かれることによって

ある特別な瞬間を特別に祝福されたものとするために、

欲望が満たされたときは勝利へ 満たされないときは希望へと通じる

あなたの価値 あなたに幸いあれ。


Sonnet LII


      W. Shakespeare


So am I as the rich, whose blessed key,

Can bring him to his sweet up-locked treasure,

The which he will not every hour survey,

For blunting the fine point of seldom pleasure.

Therefore are feasts so solemn and so rare,

Since, seldom coming in the long year set,

Like stones of worth they thinly placed are,

Or captain jewels in the carcanet.

So is the time that keeps you as my chest,

Or as the wardrobe which the robe doth hide,

To make some special instant special-blest,

By new unfolding his imprisoned pride.

Blessed are you whose worthiness gives scope,

Being had, to triumph, being lacked, to hope.



by nambara14 | 2019-04-16 19:47 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 51

      

       W. シェークスピア


わたしがあなたから離れて急いでいるときに わたしのどんくさい運び手が

こんなに遅く進もうとする科をわたしの恋人は許せるだろうか

あなたがいるところからなぜわたしは急がなければならないのだろう?

わたしが戻る時まで 郵便馬は要らない

おお、わたしの哀れな馬はどんな言い訳を見出すだろうか

超高速でさえ遅く見えるときに?

風の中でもわたしは拍車をかけるべきだろうか

翼で飛ぶような速さであっても わたしには止まっているようにしか見えないだろう

だからどんな馬だってわたしが望むようなペースで進むことはできないだろう

それゆえ願望(完璧な愛によって作られた)が

どんくさい体を持った馬とは違ってその激しいレースの中でいななくのだ

それでも愛は、愛ゆえにこのようにこのおいぼれ馬を許すのだ

あなたから離れてきたときから馬はわざとおそく進んできた

あなたのもとへとわたしは急いで戻るだろう、そして馬には暇を出そう

        

Sonnet LI


     W. Shakespeare


Thus can my love excuse the slowoffence

Of my dull bearer when from theeI speed:

From where thou art why should Ihaste me thence?

Till I return, of posting is noneed.

O! what excuse will my poor beastthen find,

When swift extremity can seem butslow?

Then should I spur, thoughmounted on the wind,

In winged speed no motion shall Iknow,

Then can no horse with my desirekeep pace.

Therefore desire, (of perfect'stlove being made)

Shall neigh, no dull flesh, inhis fiery race;

But love, for love, thus shallexcuse my jade-

Since from thee going, he went wilful-slow,

Towards thee I'll run, and give him leave to go.



by nambara14 | 2019-04-08 14:02 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)


ソネット 50


W. シェークスピア


わたしの旅はなんと気が滅入るものだろう

くたびれた旅の終わりにわたしが求めるもの

それがその慰安と休息に対してこう言うように教えるから

「あなたの友達からなんとまあ遠くまで来てしまったのだろうか!」と、

わたしを運ぶ馬はわたしの悲しみをまとって

わたしの重みに耐えながらのろのろと進む

その乗り手があなたから離れて行く速さを望んでいないということを

こいつはなにか本能のようなものでわかっているかのように、

血まみれの拍車はそいつをけしかけることはできない

そいつの脇腹に拍車をかけるよりもわたしにとってもっと痛ましいうめき声で

そいつが応えるわたしの怒りが

時折そいつの腹の皮に突き刺さるからだ、

 まさにそのうめき声がわたしに思い知らせる

 わたしの悲しみは前進しわたしの喜びは後退するということを。


Sonnet L


        W. Shakespeare


How heavy do I journey on the way,

When what I seek, my weary travel's end,

Doth teach that ease and that repose to say,

'Thus far the miles are measured from thy friend!'

The beast that bears me, tired with my woe,

Plods dully on, to bear that weight in me,

As if by some instinct the wretch did know

His rider lov'd not speed being made from thee.

The bloody spur cannot provoke him on,

That sometimes anger thrusts into his hide,

Which heavily he answers with a groan,

More sharp to me than spurring to his side;

For that same groan doth put this in my mind,

My grief lies onward, and my joy behind.



by nambara14 | 2019-04-03 17:24 | 翻訳詩(シェークスピア) | Comments(0)