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「現代詩年鑑アンソロジー145篇」を読んだ。いずれ劣らぬ力作ぞろいだが、特に心を惹かれたのは、原満三寿、伊達風人、川上亜紀、城戸朱理、日和聡子、望月遊馬、桑原茂夫、四元康祐、浜江順子、柴田千晶の各氏の作品です。物語性の強い作品に惹かれるのかもしれませんね。皆様、益々のご活躍を!

原満三寿「水の穴」。死んだ父の思い出を、<泣き桜>と<水の穴>をキーワードに、思いつくままに語るうちに、現実と幻想とがないまぜとなった不思議な世界が浮かび上がる。

伊達風人「わたしから一番遠いあなたへ」。わたしから一番遠いあなたへ南海の鯨について切実に語る、というような感覚が、世界や宇宙や生物や獣石や花などを七億年前の月光で照らすというような時空の広がりに通じる。全体にひとなつこさが感じられて、さまざまな言葉を生き生きとした魅力で包む。

川上亜紀「青空に浮かぶトンデモナイ悲しみのこと」。メルヘンタッチの「トンデモナイ悲しみ」とわたしとのやりとりが良質の抒情を生み出す。空に浮かぶ雲のような「トンデモナイ悲しみ」がサングラスをかけてわたしを見ている、なんてすてきなイメージだなあ。

城戸朱理「(それらは、自らが何かであることを・・・)」。漂流物を詩にすることは意外と難しいと思う。いかにも詩になりやすいように見えるから。この作品では、過剰な詠嘆や奇妙な事物や押し付けがましい断定や牽強付会がない。浜辺に打ち上げられた漂流物があるがままに正確に言葉で形容される。

日和聡子「旅唄」。「神裂が叩く銅鑼を持ってついてまわった」ではじまる奇妙な恋物語。神裂(かんざき)というのがわたしの相方の男の名前。それだけで詩のイメージが決まるほどのインパクトがある。二人で行った温泉街でも銅鑼を叩く神裂。おどろおどろした語り口に男女関係の悲喜交々が感じ取れる。

望月遊馬「家具の音楽」。詩集「焼け跡」についての感想を書いたことがあるが、その中で最も気に入った詩がこれだった。言葉のやわらかさ、豊かさ、おもしろさ、意外さ、物語の巧みさなどの点で傑出していると思ったが、再読してその感覚が蘇ってきた。

桑原茂夫「廃屋とにおいガラス」。ヒキタくんは図画工作が得意な少年だった。戦争中飛行機の部品工場だった廃屋へ誘われていったとき、ガラスの破片を拾って木切れにこすりつけると、甘い、心地よい匂いがした。「においガラス」は、戦闘機の操縦席前にはめ込まれた特殊なガラスなのだと教えてくれた。

四元康祐「日本語の虜囚」。外国経験が長くさまざまな外国語にも通じている著者が、日本語への愛情をベースに、言葉の超絶技巧を駆使して構築した独特の詩篇。有り余る知識や教養はあるものの随所に遊び感覚が散りばめられているので、楽しみながら読める。自分も「日本語の虜囚」だと共感してしまう。

浜江順子「城には死体があるから」。死や死体はいまわしいものだが、この詩篇では、なんだか性愛を欲する死体までが見えてきて、生を圧倒するかのようだ。おそらくヨーロッパにあると思われる城の中で、死体が圧倒的な力を発揮する。逆説的で怪奇な描写から開き直った強さや愉快さが読み取れる

柴田千晶「春の闇」。三組の俳句と詩による構成。「切り落とされた鶏の首も、短躯の男も、路地に立つ女たちも、/死者も生者も、皆、眼を閉じている春の闇である」。牛や豚の臓物、ちょんの間、殺人犯の家など猥雑な現実が、強靭な視力と胆力と言語力で描かれると、なぜか心が救われるような気がする。
by nambara14 | 2012-11-30 00:20 | 詩集・詩誌評等 | Comments(0)

最近の詩集評

 貴重な詩集等をお送りくださったみなさんありがとうございます。詩集を発行することの労苦と喜びを経験してきた者として、それぞれの詩集等に込められた情熱と愛着を十分理解した上で、一冊一冊読ませていただいております。短いながら自分なりに全力で記した感想を以下に載せておりますので、ご覧くだされば幸いに存じます。みなさんの益々のご健筆を切にお祈りいたします。

                                                              南原充士

         『 最近の詩集評(1) 』



岡野絵里子詩集「陽の仕事」。人はどこから来てどこへ行くのだろう。秋、冬、春、夏、秋、と並べられた詩篇。人は痛みや悲しみをかかえながらも光を見出すことで歩み続ける。生と死への暗示が正確で穏やかで聖なる言葉を探り当てる。光は陽の仕事、言葉は人の仕事。詩は人の望みのように書かれる。

小松弘愛詩集「ヘチとコッチ」。土佐の言葉を素材とした楽しい読み物という側面と方言と共通語さらには日本語の未来を真剣に考える研究書としての側面がある。言葉が亡びるという危機感から言葉を見ていくと、言葉はなんといとおしく見えるだろう。じるたんぼとかしつをうつとかへんしもとかね

秋川久紫詩集「戦禍舞踏論」。さまざまな芸術特に美術に精通した著者が装幀から個々の詩篇の細部に至るまで凝りに凝った造本となっている。現実とパラレルな戦場としてイメージされた世界では、あやしくきな臭く危険な誘惑や金や色恋や犯罪や訴訟などめくるめく情景が浮かび上がる。戦禍の中に舞踏が。

ヤリタミサコ「私は母を産まなかった/ALLENとMAKOTOと肛門へ」。人間の心は体の構造や発達や成長や機能によって揺さぶられる。性差もある。アイデンティティが曖昧な自己とのずれの中である種の不条理が意識の中に忍び込む。母ではなく自分自身を産んだという発見によりはじめて自立する。

ブリングル詩集「、そうして迷子になりました」。妻であり母である日常生活をベースにしながらも、想像力はどこまでも飛んでいく。言葉が溢れて読者も楽しい迷子になりそうだ。ユーモア、メルヘン、身体感覚、迷走の中に垣間見えるやさしさや寂しさがたまらない。「イジワル」のデリカシーが素敵だ。

中村不二夫詩集「House」。小生と同世代の著者の思いがよくわかる。幸不幸がないまぜになった人生をしずかに見つめて、どんなに辛いことがあっても希望を失わないようにしようという祈りが共感を呼ぶ。猥雑で筋書きのない現世にふと見出す聖的な啓示が詩へと昇華される過程が深い感動を与える。

るすいるす詩集「やわらかな安堵」。訪問看護師としての著者と、精神を病みかつ癌におかされたある患者との濃密な交流の様子を、誠実に丁寧にユーモアも交えて細部まで拾い上げるように記した記録風の詩篇だ。詩らしくしようとしない書き方がかえって心を打つような気がする。身につまされる詩集だ。

小川三郎詩集「象とY字路」。しばしば使われる言葉がある。人、父、母、男、女、子供、家、街、花、雪、生、死。ある種の虚無感が反語や諦念で示されるが同時にユーモア感覚が慰藉を与える。象、猫、天狗、幽霊などを巧みに描く。普通の論理を超えた「詩の論理」というものがふしぎな世界を造り出す。

野村喜和夫詩集「難解な自転車」(書肆山田)。相変わらず旺盛な創作意欲が感じられる。さまざまな実験的なスタイルによる詩のオンパレード。タイトルポエム「難解な自転車」はふしぎなユーモアで読ませる詩だ。「小言海」も、五十音を詩でさまざまに楽しませてくれる。200ページに及ぶ大部な一冊。

秋亜綺羅詩集「透明海岸から鳥の島まで」。自分と同世代の詩人。若いころから活躍されていたので、第二詩集と知ってびっくり。深刻なテーマも全般に冷静なタッチでさまざまなスタイルを駆使して描いているが、「透明海岸探査ゲーム」は切迫感があり、言葉も直接感情に訴えるという点で特に印象深い。

望月遊馬詩集「焼け跡」。言葉が少年少女のようにういういしく傷つきやすいメルヘンを紡ぎだす。あまりに繊細でシャイな感性は、照れくさいのか、焦点をぼやかしてしまう。そんな中で、「家具の音楽」は、比較的童話的なストーリー性が明確で、牛をめぐるユーモラスで奇想天外な話の展開に魅せられた。

倉田良成詩集「グラベア樹林篇」。現代の神話創造者とでもいうべき著者が、古事記などの古典文学、折口信夫や柳田國男などの民俗学、レヴィ・ストロース、旧約聖書、その他多くの神話、伝承、地名、言語等に係る博識を基礎に、詩人としての実力を遺憾なく発揮して書き上げた詩篇及び魅力あふれる自注。

三井喬子詩集「岩根し枕ける」。柿本人麻呂への深い思いが通奏低音のようにあるいは心の底を流れる水のように感じられる。そして、現代を生きる詩人の感性が人麻呂と感応することによって、いっそう時空の広がりを感じさせる。痛切な思いに動けなくなったかと思うと、人を食ったような凄味のあるユーモアも顔をだし、時には、さびしい気持ちや悲しい思いも抑えきれずに浮かんでくる。

山田兼士詩集「家族の昭和」。著者と小生は年齢的に割と近いので、詩集に登場する多くの昭和のヒットソングが自分の思い出とかなり重なってしみじみと共感できた。また、家族のさまざまな情景や悲喜こもごもが私小説のような味わいで的確に描き出されていると感じた。
by nambara14 | 2012-11-10 18:25 | 詩集・詩誌評等 | Comments(0)

ある日



  ある日ざわめく心の影がすっと外部へと延びていくのに気付いて
  あわててそれを引き込もうとしたが つかみどころのないゴムかク
  ラゲのようにぐんにゃりして手におえない。 こんなに薄汚く役に立
  ちそうもない無用の長物など一刻も早く回収しなければならない。
  わき目も振らず無駄にも思える作業を続けてみたが 成功の糸口さ
  え見いだせぬまま時間だけが過ぎて行った。 ふとかたわらに何者
  かが立ち止まりこちらをじっと見ているのに気付いた。 視線の片隅
  には感じたものの知らぬふりをしてさらになんとかしなければとの
  思いが募り徒労のような作業を継続した。 時間さえ長物に溶け込む
  かと感じられるほど長い時間がたったと思えた。かたわらの者はあま
  りにじっと見続けるのでついそちらに目をやったとたんにすっとその者
  (たぶん女のようだったが)が駆け寄り長物に身を投げた。次の瞬間
  その者の姿は消え 続いて長物がしゅっとかすかな音とともに引っ込
  んだ。だが 心はそれからいっそうさわがしくなり これから襲ってくる
  であろう身震いのするようないまわしい光景にうなされはじめた。  
by nambara14 | 2012-11-07 10:55 | 新作詩歌(平成24年) | Comments(0)