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偏執の時代


堂々と 
歩いていけば
段差あり
花群れの陰
道端のBOMB


by nambara14 | 2007-05-31 13:25 | 五七五七七系短詩 | Comments(0)

詩集「レクイエム」より

 詩集「レクイエム」(昭和53年刊)より抜粋。

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空洞


おろおろおろおろ泣くのはおよし
愚かしい手でそんなに眼をこすると
しまいには眼が溶けだして
顔がゆがんで口だけが顔になる

手をこするのは顔が顔だと
わかるうちに ゆっくりやるのだ
顔中が泥沼になると
べとべと手が泥んこになってしまう
幼いから顔中で泣いていいのではない

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私は失う


私は失う。
からだを離すとき
私の腕に抱かれていたものを
けだるいとき
砕石機のように眠りを妨げるものを

私は失う。
熱い息を吐きかけようとする私を
私は私の沈黙にとざされて

私は失う。
そのために私が体感を惑わされたあれの在処を
そうして私が快活になろうとした朝を

私は失う。
あれが私に笑(えま)いつつ手を伸べたとき
一息に切り落とした細い手首と
そのとき不意に襲ってきた眠気以外の一切。

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融解


ぬれてきたようだ 足元から
泥水のようなものが上がってくる
どこかで洪水でもあったのだろうか
暗い。(なぜ今夜は星一つ見え
 ないのだろう)
わたしは一輪の花ではない
よく清水を吸い上げ したたる
までに蒸発することがない
すると わたしの
どこかが融けだしているのか
暗い。
融けだしたのがわたしの手 わたしの指であるとしたら
わたしは わたしに触ることができない
からだ全体が泥のようになってしまったのか
まっ暗で 何も見えない。
わたしは持てるかぎりの力をふりしぼり
「歩く」つもりになった
わたしの固さを確かめるため
いたるところで 柱にぶつかりたかった
ああ 風のなるのが聞こえる
赤ん坊が泣いているのかも知れない
歩いているのか 這っているのか
まるで わからない
電力会社に電話をしなければなるまい
ユミ子のところへ遊びにゆく約束がある
ああ 暗い。
唇をとがらせ 舌をいっぱいにつきだして
泥でもいい 汚物でもいい 嘗めたい
泥のように流れてしまいそうだ
なめたい。
わたしよ 土になるとはこういうことなのか
わたしよ 人々は夜をよく眠っているのか



by nambara14 | 2007-05-31 10:34 | 詩集「レクイエム」 | Comments(0)

詩集「散歩道」より


詩集「散歩道」(昭和51年刊)より

30年以上も前に出した詩集です。その中からいくつか抜粋してみました。
 20代のぼくがどんな詩を書いていたかご覧ください。
 最近の詩と違いますか?それとも、あんまり変わっていませんか?

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マッチ箱


さびしさは
だれの部屋にもともるものです
ふきぬける ふたつのからっぽのなかで
身をよせあうマッチ箱のように

そうして
どこの道でもつぶされるものなのです
ふみつける ふたつの空っぽのなかで
胸と背とを打ちつけて

ただ すりよせあう
くらやみ けしてともることのない
しゅるしゅるっと
爪先が 何かをとらえて
ふるえて 何かになろうと

空っぽになるまで
何かになろうと

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ぶらんこ


しゅっと ゆれて
また しゅっと わたし
わたしを見るひとに
わたしの のびやかなからだを
見せてあげよう

ぐぅっと ゆれて わたしは
ゆれるものの上で  首をそらす
ミニスカートから のびるだけ あしを
のばそう
だれのものでもない わたしだけの
からだを 思い切りゆらそう

ゆれもどる時には アヒルのような足つき
それとも
投げだしたかかとで
地面を いじめてやろうかしら

わたし
夕焼けの ぶらんこのりは
砂の涙をながした わたし
いつかもあったわ
ひらひらのスカートの わたしの
少女の胸で
しゅっ しゅっと
夕日を おしあげ
まあるく 地面は ゆれていた

ああ
どこかで わたしを見る人に
わたしは 叫ぼう
しゅっしゅっと ゆれるとき
わたしは 叫ぶ口のかたちをするの

目をつぶって ゆれ方の
放りだされた からだの感じ
ひんやりとした感覚を ゆれ返り
ゆれ返りして わたしの
そりかえった 首すじに・・・
叫びは氷結するかしら

しゅっと ゆれて
また しゅっと
木蔭に わたしをうかがいみる人に
わたしは 捧げる
だれのものでもない わたしの
のびやかな からだすべて を

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マリー


マリーはいつになく軽やかに青ざめる
透きとおるマリー
エレベーターが浮かんでゆく
刷りたての新聞紙に腰かけたお尻が透きとおってゆく
マリーの小さな胸は心配事でいっぱい

マリーよ
往診カバンから長い針の注射器をとりだし
おまえのおなかの
桃色の胎児を眠らしてあげよう




by nambara14 | 2007-05-29 10:23 | 詩集「散歩道」 | Comments(0)

電脳イルカの冒険


電脳イルカの冒険


プランクトンの群れを飲みつくすオキアミの群れ
オキアミを食べつくすイワシの大群
イワシの群れに襲い掛かるマグロの群れ
サメは悠々と機をうかがいときには人間も餌食とする
牧歌的なクジラだって空腹を満たすのは並大抵ではない

海洋センターでショウ出演に忙しいイルカだって
海にいれば餌とりで毎日忙しく
人間たちを喜ばせる芸当などやっている暇はない
食うか食われるか
悠長なことは言っていられない海洋の掟

海水は怒涛のように七つの海をめぐり
北極海付近で深々ともぐりこむ
もぐりこんだ海水は大西洋の海底を南下しながら
徐々に浮き上がっていく
太平洋もインド洋も南極もくまなくめぐって
また北極海に戻ってくる

電脳イルカはいま何年もかかって地球の海をめぐり続ける
マグマが吹き上げる開口部の水煙も見え
海底を毎年数センチ移動する海洋プレートの連なりも見えた
真っ暗な海に生息する魚類や貝類やイカやプランクトン
電脳イルカの獲物はデジタルのかたちの膨大な電子データだ
内蔵コンピュータにたっぷりと蓄えられた情報という名の漁獲高

電脳イルカは どんな芸当だってできるのだ
ぴょんぴょんと小さなサカナから大きなサカナの背中に飛び移ったり
海中を自由自在に動き回ったり
いざとなれば鉄腕アトムのように 空を飛ぶことだってできる
ときには迷子になって研究者をはらはらさせたり
巨岩に衝突して動けなくなることもある
故障して廃棄処分を覚悟したこともある

それでも どうやら立ち直って
きょうも 電脳イルカは 作り笑顔で 海をめぐり続ける
海洋冒険は とてつもなくおもしろくて やめられないのだろう 


by nambara14 | 2007-05-15 14:52 | 新作詩歌(平成19年発表) | Comments(0)

無知蒙昧の世過ぎ



毎日通う道沿いには 濠があり 由緒ありげな欄干のある橋を渡れば 左手には 高層ホテルがそびえる。 右手には 別の高層ホテルがあり その先に 低層のビルや住宅や店舗が並んでいる。

地下に張り巡らされた鉄道網からは群衆が吐き出され 吸い込まれる。道路の片隅に小さな入り口があって地上と結ばれている。はじめはもの珍しく辺りを見回したものだが 今ではすっかり興味を失ってしまった。

麻痺した感覚を刺激するものといったら 季節の移ろいにしたがって咲き誇る 桜やつつじの花ぐらい。あるいは、救急車のサイレンや政治行動に従事する街頭宣伝カーの割れるような声ぐらいだ。

ところが 最近 大手術を受け2ヶ月の入院および自宅療養を経て ひさしぶりに この通いなれた道を歩いてみると いままで見えなかった空気の色が見え 草いきれが匂い コンクリートの肌触りを感じるような気がする。

とりわけ 道路沿いにある公園には めずらしく背の高い木が何本か立ち 木陰を作っている。そこには なにやら古めかしい石碑が立っている。4,5メートルはあろうというその石碑の銘文を見れば 130年ほど前 ここで当時の政府高官が暗殺されたと記されてある。

歴史などに興味のない身にもなぜか 洋服を着て口ひげを生やし国の将来を見据えてきりっとした表情で歩いている高官の姿が見えてくる。そして 次の瞬間には悲鳴のような叫び声の中で血を流して倒れている高官そしてあわてふためく随員のようすが瞼に浮かんでくる。

いま 新緑が日増しに色濃くなる季節。 坂道のある公園には 行過ぎる人や休憩する人たちの姿が見える。思えば ここの町名は あの時代の有力な藩の名前に由来するという。

女子中学生たちが軽やかな歩調で歩いてくる。交わし合う声は弾み 顔はまぶしく輝いている。 < なにも知らなくても楽しく生きていけるだろうか? あるいは 色々なことを知れば もっと幸せになれるだろうか? >



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by nambara14 | 2007-05-11 15:44 | 新作詩歌(平成19年発表) | Comments(1)