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カテゴリ:詩集「思い出せない日の翌日」( 26 )


 詩集「インサイド・アウト」は、肉親の死がきっかけとなって生まれた。詩集のはじめの数篇は故人への思いを述べている。詩篇は、日常の何気ない情景の中に感じられる喪失感をさまざまに描いたあと、しだいに生きる喜びを見出す心境へと行き着く。

 帯には、「等身大の抒情詩篇」とあるが、厳密にはフィクションも混じっている。そういう意味では、詩集「思い出せない日の翌日」のほうがより私的な思いに徹した内容になっていると思う。

 詩集「インサイド・アウト」の装幀は、赤や黒や銀色など、インパクトの強い色使いがなされている。
 洪水企画から刊行した6冊の詩集のうち詩集 「にげかすもきど」を除いては巖谷純介氏が装幀を担当してくれている。詩集の内容にあわせた大胆なデザインの装幀はそれぞれの詩集を個性あふれるものにしていると思う。

 読者諸兄におかれては、詩集に収められた詩篇と同時に装幀も楽しんで頂きたいと思う。


by nambara14 | 2015-04-07 16:36 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)


 洪水企画から出した二番目の詩集が「タイムマシン幻想」である。
 自分が健康を損なって入院手術を経験したことで、人間の体というものをきちんと勉強しておく必要があると思うようになり、医学の入門書を読みあさったり、テレビの健康番組を見たり、新聞やインターネットなどで医学や健康に係わる情報を仕入れていたときに、ヒポクラテスという偉大な医師がいたことを知った。「ヒポクラテスの肖像」という詩はそのようにしてできた。

 野口英世、緒方洪庵、杉田玄白、ジェンナー、バンティングなどの医師のことを調べているうちに、タイムマシンに乗って時間を移動するという設定が詩としてもおもしろいのではないかと感じて、詩集のタイトルを「タイムマシン幻想」と名づけたのだった。

 作品の中には、ツタンカーメン、紫式部、モーツァルトなどにも登場してもらったりして、作者としても意図せずしてふしぎな経験ができたと思っている。歴史上有名な人物を登場させた作品だけでなく、SF的なストーリー性を持った作品も収めている。フィクション性の強いショートショート風の趣を呈する作品集とも言える詩集である。ユニークな発想の物語を好む読者になら十分楽しんでいただけると思う。



by nambara14 | 2015-04-06 16:37 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)

小島きみ子さんのブログ


 小島きみ子さんが、ブログ「風と光と詩論の場所」で、拙詩集「思い出せない日の翌日」についても、感想を書いてくださいました。→「風と光と詩論の場所」



by nambara14 | 2015-04-05 20:25 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)


 これまで私家版を含めて12冊の詩集を出してきたが、そのうち6冊は洪水企画から出している。
 自分が詩集を出し続けてこれたのも、洪水企画の池田康氏のおかげだと感謝している。

 池田氏とはじめて会った時、彼はとある出版社で詩歌関係の編集の仕事をしていたが、独立して出版社を始めることを考えていたようだった。

 その後、池田氏は予定通り独立して、詩と音楽の雑誌「洪水」を創刊するとともに、詩歌と音楽関係の書籍の出版をてがけるようになった。
 わたしが詩集を出したいと考えていると話すと、自分が作ってもいいと言ってくれたので、詩集「花開くGENE」の制作を依頼した。
 洪水企画から出版する書籍第一号ということで、池田氏も相当力が入っていたのだと思うが、詩集の原稿を送ると、作品の並べ方や、一篇一篇の詩篇ごとへの評価や修正意見、さらには作品の取捨選択についてまで、詳細に検討の上指摘をしてくれた。わたしも真剣に彼の意見に耳を傾け、受け入れられる限りはその意見に従って、最初の原稿を大幅に変更したのだった。あわせて、彼の意見にしたがって、詩集のタイトルも変更した。
 そうしてやっと出版にこぎつけた詩集「花開くGENE」は、装幀も詩篇も含めて大いに満足できる仕上がりだった。
 池田氏は、文学だけでなく、音楽、美術などの芸術一般に通じている上、大学院では哲学を専攻するなど、幅広い教養の持ち主である。英語やドイツ語など語学にも通じていて、外国の芸術にも造詣が深い。
 その上本造りのセンスも抜群で、編集から出版までの情熱あふれる仕事ぶりは敬服に値する。

 そのような経験を踏まえて、さらに5冊の詩集作りを池田氏にお願いすることになったのだった。

 






by nambara14 | 2015-04-05 18:33 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)


 詩集を出すことを前提に意識的に詩を書きだしたのは、詩集「笑顔の法則」からだ。
 バッハの無伴奏チェロ組曲に聴き惚れていた頃、自分も組曲のような詩集を出したいと思って、詩篇の数やテーマやスタイルを最初から決めて書いたものだ。

 この詩集は、パソコンやケイタイメールのような横書きのスタイルを取り、各種の記号を多用した実験的な詩集だったので、思潮社に出版をお願いしたところ、すこし検討させて欲しいと言われて焦ったが、結局引き受けてくれて、出版にこぎつけることができたのだった。

 日本文学の伝統的な縦書きのスタイルからすれば、横書きで記号を多く使った詩集は新奇なものと映ったと思われるが、自分としては、時代が変われば表現のスタイルが変化するのは自然なことだと考えて、特別反抗的な意図はなしに、そのような詩集を刊行したのだった。

 その後、横書きの詩集は刊行していないが、そのときどきの自分の感覚に従ってスタイルを選択しているだけで、基本的には、詩集のスタイルは著者が自由に考えればよいのではないかと思っている。

  詩集「笑顔の法則」は、平成17(2005)年発行だから、十年前ということになる。
   
  この十年というのは、この詩集をきっかけとして、自分の書きたいことを書きたいように書くということに徹してきた。詩を書くことはとても難しいことだと思うが、苦しみ半分、楽しみ半分で書いている。求道者のようにまじめくさった姿勢は苦手なのである。

 詩集「笑顔の法則」の表紙は、思潮社編集部で作っていただいたが、ポップな感じが詩の雰囲気とマッチしているのが気に入っている。

 ちょっと風変わりな詩集を好む読者には喜んでもらえると思っている。



by nambara14 | 2015-04-04 17:58 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)


 ついでに、過去の詩集を振り返ると、私家版として出した詩集『散歩道』、詩集『レクイエム』、詩集『エスの海』がある。

 詩集『散歩道』は、自分にとって初めての詩集で、昭和51(1976)年、27歳の時に出した抒情詩集である。

 詩集『レクイエム』は、抒情詩を中心としながらも生きる不安を表現する詩も含めた。

 詩集『エスの海』は、レトリックにこだわったやや長めの詩を10篇だけ収録した詩集である。

 以上の3詩集は、発行部数も100部と少なかったので、多くの読者に届けることができなかった。
 特に、『エスの海』は、数十部しか読者に届けていない。

 『エスの海』は、昭和58(1983)年発行の詩集だが、平成13(2001)年発行の詩集『個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか』までは、18年間の時間差がある。

 そのうちの10年間は、詩作からも詩を読むことからも遠ざかってしまったのだった。



by nambara14 | 2015-04-03 14:19 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)

箔押しの妙味


手作りの詩集の妙味として、箔押しの色合いが一冊ごとに異なるということがあると思う。詳しくは、北見さんに聞いてみよう!→本造りの水仁舎



by nambara14 | 2015-04-02 19:01 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)


 詩集「思い出せない日の翌日」を刊行したついでに、これまでの詩集についてもどんな思いで刊行したのか振り返ってみたい。

 まず、詩集「思い出せない日の翌日」は、自分としてはきわめて「私的」な位置から「私的」な思いを込めて書いた詩を集めたものだと思っている。

 いくつかのスタイルの詩を同時並行して書いてきた自分としては、フィクション性の強い詩集「ゴシップ・フェンス」から、私的な感覚を基礎とした詩集「インサイド・アウト」までの広がりを自分なりに書き分けることで、自分の詩への思いや表現法を見出してきたのだと思っている。

 詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めたもので、ユーモアやナンセンスは詩の重要な要素だと同時に、なにより楽しめるのがいいと思って出したものだ。

 英和対照詩集「永遠の散歩者」(A Permanent Stroller)は、多様なスタイルの短めの詩を集めたものだが、英語と日本語とワンセットで出したところに新鮮さがあると思っている。

 詩集「タイムマシン幻想」は、医学のほか物理学や文学の古今の偉人をとりあげ、現在過去未来を行き来する感覚で書いたショートショート風の作品集である。

 詩集「花開くGENE」は、遺伝子に運命づけられる人間の祈りをテーマに、言葉遊び、抒情詩、叙事詩という三部構成でまとめたものである。

 詩集「笑顔の法則」は、横書きの詩集で、記号を多用し、実験的な作風の詩を集めたものである。「わたしは笑いながら死んでいけます」と言った少女の言葉がきっかけとなって書き始めた詩集である。

 詩集「個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか」は、40歳ごろから10年ほど詩作を中断していた折に、出版社からの誘いがあって、30代後半にノートに書きつけていた詩を中心として詩集を出した。これをきっかけに詩作を再開した自分として思い出深い詩集である。 

 

 








by nambara14 | 2015-04-02 10:49 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)


      詩集「思い出せない日の翌日」のあとがきです。

                  *


 中学生の頃から日記を付け続けている。はじめはその日の出来事だけでなく思ったことなども詳しく記していたが、次第に事務的な内容になり分量もきわめて短いものになってきている。何十年分もの日記帳は多くが大学ノートに書き付けたものだったが、二、三年前、それらをすべて廃棄処分にした。還暦を過ぎて自分の心境になにか変化が訪れたのかもしれない。発表するために書いたものではない文章は自分の判断で処分してしまうべきだろうという考えを持つに至ったからかもしれない。

 古来、日記文学と言われる文学のジャンルがあるようだが、はたしてそれらの日記は秘密にしておくべき内容を綴ったのだろうか、それとも他者に読まれることがありうるという意識のもとで書かれたのだろうか、あるいは読まれることを想定して記されたのだろうか?
 発表することを前提にした日記ならそれは日記文学に通じやすいだろう。だが、発表する意図がなかったのに、なんらかの事情で他者の目に触れることになった日記も、一旦読者を得てしまえば、文学作品としてひとり歩きすることがある。
 たとえば、蜻蛉日記、紫式部日記、御堂関白記等の古い時代のものから、森鴎外の独逸日記等明治以降のものなどまで、今日なお出版されて広く読まれているものを見ると、様々な分野の日記の中には日記文学と言ってもよい味わいを持つものがたしかにあると感じられる。

 インターネットの発達した現代においては、ブログやウェブサイトといった形式の日記も登場しており、日記の発表形式の多様化が見られるが、人間には日々の連続として暮らしを捉え感慨を綴りたいという本能的欲求があるのかもしれない。
 
 詩集「思い出せない日の翌日」は、そうした人間の日記や暦に係わるちょっとした思いや感情を、詩作品として再構成したものとなっている。それはおそらく日記そのものを公開することに照れくささを感じる自分の性格が、日記をより暗示的な表現形式へと変換させたかったからではないかと思う。

 ともあれ、過去、現在、未来といった時間や時間意識というものは、古今東西、人間にとって極めて身近なものであってきたし、共感の基軸のような位置づけを担ってきたと思う。そのような意味において、この詩集が、ひとびとの日々の暮らしにおける喜怒哀楽の共有のためのよすがとなれば、これに過ぎる喜びはない。

 最後に、水仁舎の北見俊一氏の類まれな造本のセンスと技術のおかげでこの詩集が晴れて読者の目に触れることが出来るようになったことを記しておきたい。

    平成二十七年二月七日                           
                              南原充士




by nambara14 | 2015-04-01 13:17 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)

飛行船


詩集「思い出せない日の翌日」から、もう一篇、ご紹介します。

           *
 
          飛行船


空を見上げると ぽっかり浮かんでいる物体が目に入る
そののんびりしたようすが見る者の気持ちを和ませる
ふと目をそらしている間にいくつかのビルの間を移動している
見る者はただ数歩歩いてまた見上げただけなのだが

昨日の夜は眠りが浅く偏頭痛がきりきりと頭皮を突き上げた
取り越し苦労だなんて言われそうだとは思うのだが
ずっと借金に追われて夜逃げを繰り返してきた
気が付けば自分のまわりにはだれもいなくなっている

体の具合も心の調子の悪さに比例して低調に推移している
想像の世界に逃げ込もうとしても悪夢のような現実が妨げる
満員電車でもみくちゃになってくたくたになったぼろきれみたいに
ひととひとの隙間から放り出されてまた急ぎ足の群衆の間を歩く

あちこちが汚れているので早く体を洗えるところへ行きたい
汗ばんで悪臭が隠せない者同士が視線を避け合う路上にいて
ただひとつ浮き立つような思いにさせてくれるものが見つかった
ふと自分が空に浮かぶ飛行船になっているのだと思えてきた


by nambara14 | 2015-03-29 16:54 | 詩集「思い出せない日の翌日」 | Comments(0)