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カテゴリ:詩集「インサイド・アウト」( 4 )


        詩集「インサイド・アウト」への感想に対する感謝


 
  多くの方々から、拙詩集「インサイド・アウト」にさまざまな感想をお寄せいただいて誠に有難く思っています。

  なにも反応がないことに比べれば酷評のほうがずっと有難いものだと率直に感じています。

  今回頂いた感想を読み返して思ったことは、十人十色ということでした。読み手によって感じ方が非常に違うということです。それは当然であり、ひとそれぞれの感じ方があるほうが面白いともいえるでしょう。

 絶賛されれば有頂天になりますが、少々手厳しい意見もまたよいものです。今後の戒めとなります。

 とにかく文学の楽しみは、人間のことそして人間社会のことをしっかり観察して、言葉でいかに正確にかつ説得力を持って表現するかということだと思います。なるほど、と膝を打つのがいいですね。

 いろいろお寄せくださった感想にいちいち返す言葉はありませんが、ひとつだけ言わせてもらいたいことがあるとしたら、日常生活で感じたことをそのまま書いても詩にならないということです。
 どんなに日記のようにさりげなく書いたように見えても、そこには技術が凝らされているのだと信じます。「素直」に書きながらもいくつかの素材をしっかりと「詩」とするための苦心はあるのだと思います。

 ともあれ、拙い詩集を読んで下さるだけでも嬉しいのに、感想までお送りくださった方々には心から御礼申し上げたいと思います。

 今後ともよろしくご指導、ご鞭撻をお願いいたします。

   
                             平成二十三年十一月

                                 南原充士


by nambara14 | 2011-07-09 22:00 | 詩集「インサイド・アウト」 | Comments(0)


       詩集「インサイド・アウト」目次


 遅ればせながら、詩集「インサイド・アウト」に収められた作品の目次を紹介します。

 まだ残部がありますのでよろしくお願いします。

 お問い合わせは、洪水企画(池田康氏)または私(南原充士)宛てにお願いします。


 目次

  子守唄は歌えない
  言葉じゃなくて
  八月の終り
  美しい秋
  淋しさの手前で
  メタモルフォーシス
  氷河
  エレジー
  物語
  裸の壁
  ピアニシモ
  カラス
  試みの五感
  ソフトタッチ
  ハードタッチ
  ドッキリカメラ
  花火
  斜線
  蝶の行方
  白鳥の歌
  エイプリル・フール
  呼吸法
  決壊
  花見
  消滅
  旅人
  水の約束
  アイデンティティ  
  影
  アングル
  天気図
  秋の忘れ物
  ヤドカリ
  セレクション
  四次元
  夕日
  生きる目標
  ぺんぺん草
  生き続ける



by nambara14 | 2011-07-09 19:31 | 詩集「インサイド・アウト」 | Comments(0)



  詩集「インサイド・アウト」については、平成23年4月1日付けで刊行して以来、各方面からさまざまな感想をお寄せいただいているので、感謝の意味を込めて逐次その概要をお知らせしていきたいと考えていますので、よろしくお願いします。

 なお、文責は小生にありますので、お気づきの点がありましたら、お知らせください。特に、小生あてに頂いたメールや手紙等についてはデリケートな部分があるかもしれませんので、問題がないように十分注意の上その概要を紹介させていただいたつもりですが、もし修正すべき個所などありましたらどうぞお知らせください。

 また、敬称は略させていただいていますので悪しからずご了承願います。

 「言いそびれた」とか「今更」とか思われている方がいらっしゃったら、今からでもおそくはありません、是非お気軽に感想をお聞かせください。叱咤激励も歓迎です。どんなご意見も著者には大きなプラスになりますので。

  

                                                 南原充士




【詩の筏#03】(平成23年6月18日)におけるコメントから

 (中井ひさ子) 主張しすぎない。素直に入ってきた。あたたかさ。
          きめこまかさ。
          「淋しさの手前で」「旅人」「ぺんぺん草」「斜線」
          が気に入った。

 (渡辺みえこ) 「ぺんぺん草」がいい。「メタモルフォ-シス」なども。
           穏やかだ。
           肩ひじ張らずそっと置かれた言葉の中に亀裂、
           鋭い言葉がある。
           影のようなものとして自分を見ている。
           作品の並べ方はどうか?
           巻頭詩は、素直すぎる。
           

 (結城 文)  南原充士の詩集の中では一番好きだ。
          考えて作ってある。 自分や世界を静かに
          見つめている。「観照」といった感じだ。
          抒情というより心情の伝達。
          知的に構築された舞台。
          静かだがじわっと伝わる。
          「ハードタッチ」「決壊」「影」「アングル」

 (沢 聖子)  力まない。いい年の取り方をしている。
          目に見えない影。
          「メタモルフォーシス」「言葉じゃなくて」
          「ピアニシモ」「旅人」「アイデンティティ」
          「生きる目標」「ぺんぺん草」

 (有働 薫)  「タイムマシン幻想」は知識を用いる点で
          自分と似ているところに反感を感じたが、
          「インサイド・アウト」には好感を持った。          
          知識ではなく感情がたいせつだ。
          視線が丁寧であり掛け値がなく正確。
          脂っ気が抜けている。哀愁。
          視力を失っていない。
          「夕日」

(池田 康)   「夕日」はいい。

(原田道子)   「夕日」の最終行が好きだ。「四次元」もいい。
          「インサイド・アウト」は、方法論的に手の内を
          明かしすぎている。
          「タイムマシン幻想」のほうが好みだ。 
                   

(高崎喜久恵) すなおに入ってきた。「メタモルフォーシス」

(岡山晴彦)   「ピアニシモ」「旅人」「ソフトタッチ」
          「セレクション」「四次元」「ぺんぺん草」などがいい。

(颯木あやこ)  一般人と現代詩の距離を縮められる詩だ。
          読者が「わたし」に投影できる。
          親しく口ずさめる。読みやすい。読者に安らぎ
          を与える。
          「水の約束」「生きる目標」



【公明新聞(平成23年4月25日)書評】


 (野村喜和夫)  詩はいつも背伸びしている。素材とするのは
           誰もが空気のように使っている言語だが、
           それをなんとか組み合わせて、まだ誰も見た
           こともなく、考えたこともないような世界の見取り図
           をつくろうとする。あるいは、強く心を動かすような
           イメージや思想の波動をつくって、
           それを武器に世界の現実とたたかっていこうとする。
             
            でも、ときにはふと足元をみるのもよい。そんなに
           背伸びせずに、いまここに佇む。私たちの心模様や、
           身の回りのありふれた出来事を注視してみること。
           それだけでも世界認識が深まり、生きるための
           ヒントが得られるかもしれない。いわば等身大の抒情。
           それもまた詩の役割ではないか。

            そんなことを考えさせてくれるのが、
           「インサイド・アウト」である。 

            「淋しさの手前で」「ぺんぺん草」

【「洪水8号」書評】

(文月悠光)      今まで膨大な量の作品を書きつづってきた著者が、
           何故「ごく普通の人間の感情や思い」を描かなければ
           ならなかったのか。その疑問の答えは、本書に収めら
           れた詩に隠されていた。

           ・季節への眼差し:「八月の終わり」「淋しさの手前で」
                       「美しい秋」
                      「エイプリル・フール」

           ・何かに対する過剰な思い入れや信念:「ピアニシモ」
                            「試みの五感」「消滅」

           ・忘れられない記憶:「子守唄は歌えない」「白鳥の歌」

           ・主体の生真面目さからユーモアが漂ってくる:
                    「ドッキリカメラ」「秋の忘れ物」「四次元」

           ・物語性:「物語」「水の約束」「アイデンティティ」
                 「生きる目標」

            「過酷な現実」にどれだけ向き合えるか、いま書き手
           の真価が問われている。本書は、「あえての”日常”を
           選択する」、その気概が成功を収めた一冊である。

【現代詩手帖6月号詩書月評】

 (松下育男)    突出した表現に出くわすわけではない。
          というのも、著者にとっての詩とは、思いも
          つかないことを苦心して発見していくことではないから
          なのだ。
          詩行はなだらかに、流れる方向へ自然に向かう。
          語りたいと思う内容が、そのまま素直に語られる。
          それも詩の一つの姿であることを、この詩集は訴えよう
          としている。
          まっすぐな恋愛詩は、たしかに読んでいて気持ち
          がいい。
          ただ、そこでとどまっていいのだと決め込むことが、
          さらなる可能性を閉じ込める言い訳になってはいない
          だろうか。
          一度自らに問うても無駄にはならない。
           

【風都市】

 (瀬崎 祐)    素直に書くとはどういうことなのかと考えると、
          どうすれば素直なのだろうと思ってしまう。素直に書いて
          詩にするのは至難の業かもしれない。

            「氷河」:ここにあるのは理屈ではない。説明など
                不要であるような著者の希求である。
                自分の内にあるそういう感情をきちんと
                掴まえている。

            「ぺんぺん草」:長い時間の旅の途中で居眠りを
                している男の様子をユーモラスに描いていて、
                非常に面白い捉え方であった。

           それにしても、素直に見せかけているだけでは
         ないのか。
           いや、(私と違って)気持ちの優しい著者のことだから、
           本心から素直なのだと思う。
     

【なにぬねの?(SNS)】

(秋川久紫)

 このタイトルは「反転」あるいは「内面の表出」といった意味だろうか。今回の詩集はこの作者のこれまでの作品と比較すると、作為性、装飾性のあるものが少なくなり、どちらかと言うと、リアリズムを重視して敢えてあっさりと書いているものが多くなっているように見える。そして、各詩行の端々に生の困難さと、それに耐えている者の孤独の影のようなものが伺える。

例えば「エレジー」と題する作品は次のようなものとなっている。


 息苦しくて目が覚める
 胸元を開けても楽にならない
 立ち上がろうとするとめまいがする

 暗く冷たくぬかった道
 重たすぎる荷物の中身は知れず
 捨て去ることもできない

 いっそこのまま倒れ込んで
 鳥や獣の餌食となるか
 ついに名もない白骨と化して

 風は吹き雨は降り続く
 人声が遠くに聞こえる
 一瞬の無痛に顔がほころぶ


この最後の詩行は「無痛」の時間が一瞬しかないことを示唆することによって、生の痛みをありありと写しだしている。そして、その一瞬の「無痛」を作り出すのが「遠くに聞こえる人声」、すなわち人の温もりへの接触であることが明らかにされることによって、作者の(もしくは人間というものが持つ)内面の孤独感が強く印象付けられるようになっている。そうした人の温もりがもたらす「無痛」の時間が一瞬しか訪れないという生への深い失望感。これはとても哀しい歌だ。

それから、最後に置かれた「生き続ける」という作品は、同じようにとても深い哀しみと諦念の影をたたえつつも、人は絶望の中でも何かを「発見」する可能性を持っているのだ、ということが示され、最後の最後の部分で詩的な「反転」がなされている。この「反転」は祈りにも似ており、哀しみや諦念の深さを逆に照射するようなところがあって、胸を打つ。これまでの作者の作品のように、技巧的な作品ではないが、それゆえにか逆に単純さがもたらす力を感じる。この作品の最終連は次のように結ばれている。


 走るのが好きなひとも
 歩くことさえできなくなり
 歌うのを楽しむひとも
 声が出なくなる
 お尻にコケが生えてきて
 なにもできなくなっても
 人は生き続けて
 手のひらに光を発見する

【詩はどこにあるか?】

(谷内修三) 

 南原充士『インサイド・アウト』は喪失感がただよう詩集である。何かなくした。そして、なくしたものを思い出している。「いきいきとしたもの」があるとすれば、その「思い出す」という動きのなかにある。「思う」というこころの動きが人間のいのちをささえている、ということを感じさせる詩集である。
 清潔でシンプルである。でも、私には物足りない。
 「試みの五感」。その書き出し。


目のみえない人に
ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」を説明します

海の泡から生まれた裸の女性が絵の真ん中にいます
侍女が薄物でヴィーナスの体を隠そうとしてます

耳の聞こえない人に
ベートーヴェンの「運命」を説明します

タタタターンと手のひらを叩いてみせます
山谷の曲線を背中に指でなぞってみます


 えっ、それだけ? それで、つたわる?
 だいたい「海の泡から生まれた裸の女性が絵の真ん中にいます」って、目のみえるひとのための説明じゃない? 私は目が見えないわけではないが、失明の危機を(恐怖を)体験した。目のみえないとき「裸の女性」とだけ言われても、私は、何も想像もできない。裸の女を見た記憶があっても、目を閉ざして裸の音を想像できない。裸の女ということばで裸の女を想像できるのは、きっと目の見える人だと思う。裸であるかないかは、たいてい「目」で確認するものだから。
 触ると、おっぱいの方が手のひらをはじき返してくるような弾力のある女が、なめると、山の奥の岩清水を口に含んだような透明感の広がる脇腹の女が、……とかなんとか、「視覚」以外のことばでないと、想像力を駆り立てないんじゃない?
 「侍女が薄物でヴィーナスの体を隠そうとしてます」はもっとひどいなあ。「体を隠す」なんて、目のみえる人に対してやっていること。目の見えない人には、無意味なことだねえ。そういう「無意味」まで、きちんと説明するということかもしれないけれど、もしほんとうに無意味まで説明するなら、もっともっと「意味」も説明しないと、おもしろくない。
 だいたい、絵って、「視覚」にだけ働きかけてくるもの? 「視覚」に働きかけてくるものだけをとりあげて、それを「目のみえない人」に説明するというのは、どういうこと?
 なんだかぎょっとするなあ。
 「運命」の説明も変だなあ。「タタタターンと手のひらを叩いてみせます」というのは、目のみえないひとの手のひらを叩くのかな? それなら、まあ、わからないでもないけれど、どうも南原が耳の聞こえないひとの目の前で南原自身の手のひらを叩いているように感じられる。音って、そういうもの? 動きで「見せる」もの? 音は振動。その振動を確認するのは「目」?
 なんだか違うなあ。


鼻の利かない人に
オーデコロンを説明します

バラ園と香水製造工場のようすを示します
香水を吹きかける女性の胸元をアップします

味のわからないひとに
懐石料理の説明をします

趣のある食器に盛られた料理の色合いを示します
料理を口に運ぶひとの表情を示します


 ここでも説明は「目」に頼っている。
 南原の「五感」はたぶん「視覚」優先のものなのだろう。「優先」というより「視覚」が他の感覚を統合する形で動いているのだろう。
 どの感覚を優先するかというのは、ひとそれぞれの問題だから、何もいうことはないのだが--といいながら、私は書くのだが……。
 南原のことばを読んでいると、その「五感」がまじりあわない。別々に存在している。それがおもしろくない。「ヴィーナスの誕生」にもどって批判すると、南原の説明には「視覚」的表現しかない。目のみえない人に説明するなら、視覚以外の感覚を総動員して説明してほしい。手で触った感じ、舌で味わった感じ、匂いを貝だ感じ、耳に聞こえる音楽で「ヴィーナスの誕生」を説明してほしい。
 もし本気で、南原の「五感」を動員して、その絵を説明しはじめたら、南原のことばはきっと変わっていくはずだ。
 手で触った感じと舌で味わった感じがどこで溶け合うべきかを探し求め、触覚も味覚もゆらぐからだ。その揺らぎは当然嗅覚や聴覚にも影響する。感覚の伝播が、感覚そのものを揺り動かし、覚醒させる。そして、新しいものを発見する。ことばが、つぎつぎにかわっていく。ことばがことばではなくなる。--そういうことがないと、それは詩とは呼べない。

 最初に南原の詩には喪失感が漂っていると書いたが、その喪失感は喪失感のままである。ゆらがない。清潔で美しい。それは、何かを喪失することで変わっていく自分をことばで追ってみようとしていないからだ。自分を「いま/ここ」に固定しておいて、「いま/ここ」からなくなってしまったものをただなつかしんでいるからだ。ことばは、ことばのまま、そこにある。
 これは、おもしろくない。

【ツイッター】

 (山田兼士) 

  あとがきに「等身大の抒情詩」とあるように、自身の人生と生活に自然体で迫った結果が端正な佇まいのポエジーを組み立てている。巻頭に置かれた5篇のソネットは構築的でありながら音楽的な調べを奏でてもいる。時折忍び込む異界の影でさえ無理なく静謐だ。


【洪水~漂流記録】

 (池田 康)

  南原充士さんが新しい詩集を出した。南原さんはこのところ年一冊のペースで上梓しており、非常に創造力旺盛である。今回は、前作の『タイムマシン幻想』の濃厚なフィクション性の充溢から一転して、ストレートな抒情詩が中心となっており、帯には「等身大の抒情詩篇」とある。すなわちいい意味で肩の力が抜けているということでもあり、身近な日常経験に材を取った多くの詩篇は過剰な表現欲動にわずらわされることがなく率直な共感をもって快調に読むことができる。他方、なかには文明の深部まで視線を届かせようとする認識の強い刃をもった作品もあり、たとえば「裸の壁」は

 風も無いのに風車が回る
 変わり絵の細長い板がくるくると回転する
 猛暑の中を運ばれていった兵士のシルエット
 だまし絵の中へ消えていった重戦車
 オセロゲームの盤側に対局者の姿は見えない
 沖合いの空母から無人機が飛来する
 流れ出た機械油が砂漠を黒く汚す
 爆弾は破壊しつくした敵地になおも降り注ぐ
 野戦病院に収容された兵士の記憶の中で
 巨大なフレスコ画が色を失い
 裸の壁となって立ち尽くす

と短いけれど強く迫ってくるものがあり、また「ソフトタッチ」「ハードタッチ」という対になっていると思われる詩篇は今回の大震災にも通じるような先鋭なカタストロフィの感覚を示している。ぜひじっくり読んでいただきたい。

【すてきな詩集見つけた!=「詩創27号」】

(宇宿一成)

 (詩「ピアニシモ」を全文引用したうえ)、

 詩とは、語らないものや見えないものの声を聞くこと。
本詩集は、そうした詩の根源にあるみずみずしさに濡れている。
あえかなものの声に、耳をすます。五感が研ぎ澄まされる。
手触りの予感、夕暮れの、暮れることで消えてしまう一回性の
世界への愛惜。そうした世界と対峙して、ひとりであることの豊かさ。
哀しさ、いとしさ。そうした感情が余韻を引いて。
 一篇の詩を読んで切なくなるのは、いい気持ちだ。
 裸の、詩人の魂を見る思いの読後感がすがすがしい。

【孔雀船書架=吃水線】

(竹内喜久雄)

 「この詩集では、(中略)日常生活におけるごく普通の人間の感情や
思いや置かれた状況を出来るだけ率直に表現すること、すなわち『等身大の
抒情詩』とも言えるタイプの詩を書くことを目指してみた。」と「あとがき」にあり、
さらに「慰めの手立てとして詩がどれだけ有効かどうかはわからないが、(中略)
もしこの詩集が読者にとっていくばくかのこころを慰めるものになりえたら幸いである。」とある。

 「読者にとっても」とあるのは、まず南原自身がこの詩作において「救いや慰めの手立て」
を強く意識したからだと思う。南原は「あとがき」で一切触れていないが、家族に、何らかの
異変があったことを窺わせる詩が、冒頭に三篇置かれている。

 「子守唄は歌えない」という詩。

    どんなに目をきつくつぶっても
    あなたのにこやかに話す姿が浮かんでくる
    どんなに耳を押さえても
    ほがらかな声が聞こえてくる
    (中略)
    疲れて家に帰ると やっぱりあなたの気配がする

 「言葉じゃなくて」という詩では、詩を書かない自分が逆説的に描かれる。

    あの日からなにひとつおまえのことを話したこともなく
    もういないのだということも忘れようとしてきたので
    心が苦しくなってきて言葉にすがりつく
    限りない慰めに満ちたニ短調のメロディーに胸がつぶれる

  この詩集の終わりには、最近の心境と思しき詩が数篇、置かれている。
 「生きる目標」と大上段に構えたタイトルでは

    ここにいるのはだれだろう きのうの自分を寝かしつけ
    きょうの自分を目覚めさせるのは何者なのだろう

  と「ぼんやり歩いて」いるが、

 「生き続ける」という詩では、次のように「奮起」が描かれる。

    着色されたがん細胞の増殖する様子が
    手に取るように追跡できることを知って
    思わず逆立ちをした
    (中略)
    走るのが好きなひとも
    歩くことさえできなくなり
    歌うのを楽しむひとも
    声が出なくなる
    お尻にコケが生えてきて
    なにもできなくなっても
    人は生き続けて
    手のひらに光を発見する

  南原の「生活」に対する思いは、ずしりと重い。   
by nambara14 | 2011-06-30 09:36 | 詩集「インサイド・アウト」 | Comments(0)



 【以下、小生あてに頂いたメール、手紙、はがき等からその概要を紹介します。
 ご紹介した内容については小生の責任において問題のないように編集したつもりですが、
 もしなにか修正すべき箇所等お気づきの点があれば小生あてにお知らせくだされば幸いです】


 (川村龍俊)  冒頭からソネットが続く品格の高さ、
          ときどき脅かすように挿入される破壊や
          血の匂いのする言葉、
          そして「氷河」「水の約束」「夕日」といった
          絶品の数々。
          最後に置かれた「生き続ける」が、此度の
          大震災と今も続く原発被害を先取りしたか
          のように読めること一つとっても、あと何年
          経ってもきっとまた読み返す日が
          来ることを信じずにはいられません。
          この詩集は宝物です。

(指田 一)   日常生活におけるごく普通のと定義するの
          はむつかしいいや無理だろうと思う。
          考えない訳ではないのですが、考える
          そばから違う違うと否定してやめてしまいます。
           ですが、詩集「インサイド・アウト」はぼくの
          日常に実に重なってもいます。

           「生きる目標」:なんかそのままです。
           「ヤドカリ」:弁当箱を落としてしまう、
                  いいなあと思います。

(三井喬子)  どうも3月11日過ぎから、比喩で無く言葉が不自由になってしまって、困っています。 一過性のものでしょうし、大分回復してきたのではないかと思っていますが。 「この詩集が読者にとってもいくばくかこころを慰めるものになりえたら幸いである」というのは、一面便宜的な言葉であることは承知していますが、わたしは読んでいて南原さんに見捨てられたという寂しい感覚に陥りました。扇情的な言葉がお好きでないのはわかっています。でも大事なところでくるっと背をむけられてしまったような…。知的な操作があるような…。まあ、泣きごとでしょうか。素直に読むととても素直な詩ですから、発刊された時期が悪かったかと思います。4月1日前後に詩集にしろ詩誌にしろ出された方は被害を受けたということですね。 いただいてからあまりに時間がたってしまいましたから、とりあえず拝受の御礼と受けた印象をお伝えします。ごめんなさいね、きちんと読めなくて。

(大石聡美)  悲しくて、切なくて、淋しくて、でも素敵な
          作品たちですね。


(桐田真輔) 

  日常に体験するさまざまな事象や心象を、
柔軟なスタンスで詩の言葉でかきとめることに、
広く持続的な関心を持たれていることが伝わってきました。

 ピアニシモ、試みの五感、ソフトタッチ、ハードタッチ、
といった作品には、五感を通して感じる
さまざまな感触の微妙な差異を言葉に定着してみるという、
方法的な試みが感じられて、興味深かったです。

 地震と原発事故以来、なにか日常の空気が
変わってしまった感じですね。
どうぞご自愛を。

(高岡 力)  御貴書の言葉は、指圧の様に解して
         くれて、平静のままの心持ちで、世界に
         入って行く事ができ、此方に言葉達が
         浸み込んできて、情を感覚しながらも、
         とても楽しい時間を持つ事ができました。 

(日原正彦)  即物的なまなざしによる批評性
          (インサイド)が、
         ロマンティックな、あるいは、メタフィジカル
         なものへの一種の昇華願望(アウト)となって
         解消されていこうとするところに抒情性の匂い
         をかぎ分けることができます。
           
           「言葉じゃなくて」「淋しさの手前で」「氷河」
           「裸の壁」「試みの五感」「花火」「白鳥の歌」
           「水の約束」「影」「アングル」「夕日」
           「ぺんぺん草」「生き続ける」
           など特にいいと思いました。    
       
 
  
           
(嵯峨恵子)   現代を生きる普通の人たちの心情が
          ストレートに描かれていると思いました。
          読みやすい共感を受ける詩だと感じます。
          あまり詩を読まない人たちにも理解され
          やすいでしょう。 


(宮越妙子)    まさに等身大の詩集、深く敬服し、
          感じ入っています。精力的な、しんしゅな
          エネルギーにも、脱帽です。

           (注)宮越さんから頂いた最初のはがきが
            最後のはがきになってしまいました。
            平成23年5月18日永眠。
            ご冥福をお祈り申し上げます。


(坂多瑩子)   等身大の抒情詩篇という言葉、読み終えて
          納得しました。
           「氷河」「裸の壁」「斜線」「花見」「秋の忘れ物」
           「ぺんぺん草」「生き続ける」
           などが特に好きでした。

           ”人は生き続けて
            手のひらに光を発見する”
          
           まさに今、この時に必要とされてる言葉だと
           痛感しました。 


(阿部日奈子)  まず、なにか影が射しているような夏の詩、
          「言葉じゃなくて」「八月の終わり」に惹かれました。
            そうして拝読してゆくと、決して明るいばかりの
          内容ではなく、迷いや困惑が詠われた詩も多いの
          ですが、その詩にも控えめな温かみがあって、
          それが心に染み入るようでした。
          
            後半、「影」からあとに、好きな詩がたくさん
          あります。「影」「アングル」「天気図」「四次元」
          「生きる目標」「ぺんぺん草」「生き続ける」。

            強いようで弱い、弱いようで強い、(見えない
          けれども鋭い線)のような私たちの人生が、
          そこはかとなく浮かび上がってきます。
            私たちの日常は、それと知らずにする綱渡りか
           もしれないと思ったりいたしました。
            でも、人間の、その能天気が愛おしい!
          そう思える『インサイド・アウト』でした。

(川島 完)    いわば日本的体質のソネットは、現代の体温を
          もっともよく把握しているのかもしれません。
           それは、私にとって共鳴とは別の、血の波長が
          合っている感じがして、嬉しかったですね。

(金井雄二)   ストレートに書かれた作品が多く共感いたしました。

(海埜今日子)  私たちをとりまくモノたち、そして景色たち、花たち、
           トリたち彼らとの関わりによって私たちは生かされて
           いるのだとあらためて詩のことばたちが他角的に
           時には五感に語りかけてくれるように
           伝えて下さるのが心地良かったです。
 
(紀の﨑 茜)   全体を通して質の良い知性を感じます。そして
           漱石の言うが如く、感情に裏打ちされていて、
           正に生の人間の姿が見えてきます。

            「生き続ける」、感動をもって拝見しました。

(大橋英人)    読んでいて肩肘はらず、リラックスした気持ち
           で安らぎました。
           でも、前詩集「タイムマシン幻想」が非常に面白
           かったので、今でもそのインパクトが強烈に
           残っています。


(竹内敏喜)    感性の生き生きした動きを感じました。
            とにかく書いている本人が楽しんでいる様子が
            伝わってくることに、他の詩人にはない清清しさ
            を思います。
            個人的には「ソフトタッチ」を非常におもしろくて、
           それでいて形のある作品だと何度も目を通して
           おりました。
            ソフトであることで神経が張りつめており、
           常に対象の切り取り方が巧みです。とりわけ前半は
           内容豊かで色気もあざやかで、学ぶことが多く
           あります。
           「ハードタッチ」は比べるとやはり大げさになっている
           気がしました。
           本来、崩れることのない作者でしょうから、
           それ以上に読者サービスをするといささか言葉が多く
           なるのかもしれません。
           その意味では今回の詩集のソネット風のまとめは
           いい印象でした。 

(田中健太郎)   どれも読みやすく、共感できる作品ばかりでした。
            「裸の壁」は、まるでテレビゲームのように見える
           現代の戦争を渦中の傷病兵のまなざしからとらえた
           作品で強い印象が残りました。
            「ぺんぺん草」では、無限と永遠の間でのいねむり、
             人間の生の深い一面であると思いました。
            「ピアニシモ」のささやきの快感、
            「花火」の描写の面白さ・・・
            さまざまに楽しませていただきました。

( 福原恒雄)   人間の諸相をとらえてありようや生命力に
          寄り添って表現されている抒情に十分
          ひきつけられて読了致しました。
          
          「生き続ける」の終連終行
          「なにもできなくなっても
          人は生き続けて
          手のひらに光を発見する」は、
          詩を書く者自身の位置で、構えでしてこそ、
          傍観でなく被災被曝の人に添えると思いました。

(田中眞由美) 毎回様々な手法に挑戦するそのエネルギーに
          祝杯をあげます。
           そして、南原さんの内に未だに生きるロマンチスト
          の少年に出逢いました。
           「八月の終り」「美しい秋」「エレジー」
           「エイプリル・フール」「水の約束」「天気図」など、
          とても懐しい感情に誘われます。
           でも、私はやっぱり、社会的な詩が好きです。
          このタイトルポエムでもあるような「ソフトタッチ」
          「裸の壁」「試みの五感」「セレクション」「四次元」
          「ぺんぺん草」など。
           両方が南原さんだと再認識して。

(小島きみ子) 「タイムマシン幻想」購入して読みました。
         科学者かと思いました。
         そのあとで、新・詩集「インサイド・アウト」
         読みました。
         愉快な詩集でした。
         「エイプリル・フール」好きでした。

(弘井 正) 沢山のスタイルを持っているし
いろんなことができてしまうのは、へそ曲がりに言えば
ひとつひとつの作品が薄まってしまうのではないでしょうか
修辞の大事さをいつも言われる南原さんですが
僕は、そこで躓いてしまっているようです

今回より前回が好きです
アイデアがあって長く物語風に書いてあってユーモアがあって
という南原作品が好きです

今回、好きだったのは
秋の忘れ物
夕日
生きる目標
生き続ける
などです

それと最近、ひどくなっているのですが
詩を読んでも言葉が頭からすぐ消えてしまいます
僕が最近、音の生徒になっているのは
そのせいかもしれません
詩集の批評なんてますます出来なくなりました
悲しいことだけど、この老化と付き合います

といっても
今年また、中国語への挑戦を再開しました
音がとっても面白い!!
南原さんの外国語好き、勉強好きには
とってもかないませんが 〔;・Д・〕

ますます
お元気で!!


(南川優子)  今回の作品は、今までの作品と比べて
         表現にひき締まるものを感じました。
          ブログに短い詩をずっと書いていらっ
         しゃる日々の努力がこの詩集に結実されて
         いると思いました。
          
        「試みの五感」:最後の「意識のない人に・・・」
           にたどりついたときの突然の悲しみは、
           見事な書き方だと思います。

        「ソフトタッチ」と「ハードタッチ」もそうですが、
         触感を含め、五感に強い関心をお持ちの
         ようですね。
          
        「メタモルフォーシス」は、残虐なシーンから始まり
         ますが、人々に慈愛を施すようでもあり、
         不思議な作品です。

          「ドッキリカメラ」は、ふふっと笑ってしまい
                      ました。
          「水の約束」も謎めいていて、いいですね。

          「アイデンティティ」は、自分の身を
                振り返って、ぎくっとする作品です。
          「セレクション」は、ジャガイモが人格化され
           ていて、おもしろいなと思いました。
          「生き続ける」は、歴史上の発見と普通の
           人々の生活の関わり方と、最後には希望
           のようなものを感じました。

          全体的に、目に見えない過去や現在が
         ふとした瞬間に自分に迫ってくる感覚に
         おそわれました。
          と同時に、今まで頂いた詩集の中で、
         南原さんのお心の中がいちばん見えるような
         作品群だったと思います。

          これからも楽しみにしています。


 (星 善博)

  詩集全体を通して、自由闊達に言葉を操る作者の「勢い」と「繊細さ」を感得致しました。
一見、饒舌なようにも思えますが、実際は最も肝心な「対象」は表現せず、作品の「裏側」に
隠しておく、そんな手法を勝手に読み取りました。また、この世には、触れたくても触れられぬ
もの、言いたくても言い切れないものが存在する、それらを意識したうえにこの詩集が成り立
っているのだとも感じました。そうした意味では、「試みの五感」が記憶に残っております。  

(斎藤恵子)

 好きな詩篇がいくつもありました。
 「水の約束」 目を開けたら少女はいなくなる・・・禁忌を感じさせます。
 「アイデンティティ」 息を引き取るまでは自分が自分であり続けるはずなのに・・・
  というところが好きです。
 「天気図」 今はいない男の墓をぬらしたところ、
 「夕日」 の幻のような光景が心に残りました。


(小網恵子)

 日常から書きおこした感情を丁寧に描かれていて冷静さを感じました。
 「花見」「花火」「生き続ける」など印象的な御作品も多いと思います。
 感情のもう一歩奥まで踏みこんでもいいかなと思うものもありました。

(金子鉄夫)

 本屋で立ち読みした際、あまりに面白くて購入させてもらい
 読ませてもらっています。
            






          
          
          
          
           
           



by nambara14 | 2011-06-29 21:54 | 詩集「インサイド・アウト」 | Comments(0)