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カテゴリ:新作詩歌(平成20年発表)( 48 )

紫式部幻想=詩

     

紫式部幻想

  
 
                  -----人にまだ折られぬものを誰かれの
                     すきものぞとは口ならしけむ----- (*1)


あるとき出会い系サイト「王朝文化」にアクセスしているKの目に、
一通のメールが興味深く映った。ハンドルネームが「紫式部」だったのと、
妙に文章が練れていることに好奇心をくすぐられたのだ。
どうして自分のところへメールをよこしたのかよくわからなかったが、
いまや入り乱れた情報ネットワークの網目を伝って知らない者から
メールが迷い込むことなど日常茶飯事だろう。
Kは鼻歌交じりで「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ。」(*2)
「家にこもりてひたすらに庭を眺めゐるもあじきなうこそあらめ。」
などと怪しげな擬古文を交えたメールを送った。
「Kの大将殿、などか平安より平成の世に紛れ込みし身のいみじう
寄る辺なう覚ゆ。」紫式部もなんだか怪しげな文体で答えた。
「もはや平安の言葉使いなどえよくすべからざりければ、いとどあさまし。」
「紫殿、気づかはせらるるな。」
「さるほどに、K殿は、いずこにおはしたまふや?」
「東京のはずれにぞ住みはべる。紫殿はいかに?」
「おほほほ。遠きところにこそ」

Kは独身のサラリーマン。広告関係の仕事をしている。
デザイナーとはいうものの、小さな会社のこと、雑用なんでも係りだった。
今年は源氏物語千年紀ということで、いくつかイベントの企画にも関わっていた。
源氏物語のあらすじだけでも知らなければということで、
何種類かの本と絵巻の解説書などを読みかじった。
頭の中がなんとなく平安モードになっていた。
なかなかいいアイデアを思いつけずに眠れぬ夜を過ごしていたとき、
ふと部屋の片隅からあらわれてきたものがある。霞がかかっていて
明確には見えないが、どうやら薄衣に身を包んだ女性の姿のようだ。
かすかに薫物の香りがする。
「夢か?」Kは目をぱちぱちさせ、頭を叩き、首を振って夢かうつつかを確かめようとしたが、麻酔にかかったような眠気が襲ってきて、どうしようもない。
その幻に向かってなにかを言いかけたとき、Kは、深い眠りに落ちていた。
それから目を覚ますまで熟睡したので、記憶にはなにも残っていなかった。

翌日の夜、ぐったりして家に帰ったKがサイトで見たものは、
「昨夜は突然参りはべりければ殿にはあさましと思ひたまへりにけるとぞ見はべる。されども、殿のらうたきかんばせなど垣間見たりけるはあなうれしかりけり。」という紫式部からのメールだった。
Kは記憶の断片を拾い集めるようにしたが、なかなか昨夜のことを思い出せなかった。
「昨夜のこと、既に眠りに落ちたりければ、よう思い出すべからず。
まことに口惜しかりけることかな。また参りたまはばや。」
Kは引き続きデザインの素案をパソコンで描きながら、深夜まで仕事に没頭していた。やがて猛烈な眠気に襲われて突っ伏してしまった。
「K殿、K殿」
呼びかける声は気品に満ちた細い声。目を覚ましたKは驚いて目が回った。
目の前に、源氏物語絵巻で見たような衣装を着けた女性の姿がある。
《紅梅に、萌黄、柳の唐衣、裳の摺目など今めかしければ、・・・》(*3)
その女性は、つと隠していた扇をどけ、Kに笑顔を見せた。
「よく参らせたまひにけり。紫式部にてはべる。」
『おおっ。まさか紫式部が実在するとは思わなかった!』
呆然とたたずむKを、紫は美酒佳肴でもてなした。そして流れのままに
寝殿造りの寝所へと誘われて、天下の才女のからだを抱いてしまった。
朦朧とした視界と音声。聞えるのは琵琶か琴か笛か。しのびやかに
空気を伝わってくるみやびな音楽。極楽浄土か。
だが、後朝ともなればすべては消えうせ、Kはまた自分の部屋のデスクに突っ伏したまま、目覚めた。

翌日、またもや紫からメールが来ていた。
「昨夜は平安の都へようこそ参られたまひにけり。もはや亡霊のごとき折節に
つれづれ退屈致しはべりしを、などかは夢をも捨てべかりける。夢ぞうつつになりにける。あなうれしかりけり。」
Kは、やはりあれが平安の都の一角だったと合点し、余韻に浸った。
まだデザインの仕事は完成していなかったが、昨夜の見聞が絶妙なアイデアを
思いつかせていた。これで、ほぼ先の見通しがついた。
「まことにかたじけないおもてなしにこそありけれ。また紫どのの
いみじうやんごとなきさまにおどろきにけり。あまりのよろこびにて
失礼の段ありければ申し訳なきことに存じはべる。」
Kは、今夜はゆっくりとシャワーも浴びすっきりした思いでベッドに横になった。熟睡したと思った。
だが、からだが妙に軽くなった。気がつくと、見たこともない景色の中。
SF映画でしか見たことのないような未来都市のビル群と道路網の中。
Kはいつのまにか紫ととなりあって完全自動操縦の車に乗っていた。
「おやおや、紫殿。また会えたね。」
「ほほほ、会えましたね。うれしいわ。」
車の中にはテレビがある。ニュースだろうか、アナウンサーらしき者がなにやら話している。
《 キョノ デキゴト 。イチ ワクセイX ワクセイZニ ミサイル
ハッシャ。 ヨンブンノイチ ハカイ。ジュウマンニン シボウ。コク
サイレンゴウグン ハケン。チカク カイケツ ミコミ。・・・》
「変な日本語だなあ!ここはどこだろう?」
「ここにある新聞を見ると、平凡三十五年ってあるわ。西暦三〇〇八年なのね!」
「へえっ、じゃあ、紫さんは二千年後に来たってわけだ。おれは千年後へ。」
「すてきね。どこか眺めのいいところへ行ってみましょうよ。」
「わかった。あそこに高層ビルがあるよね。あそこの上にレストランが
ありそうだ。行ってみよう。」
無人操縦の車はかんたんな操作ですいすいと目指す場所へ連れて行ってくれる。
百階建てのビルの最上階。最高級フレンチ。
「乾杯!」
Kと紫はワイングラスをあわせて、見詰め合った。年齢不詳の紫。
「ああ楽しいわ。わたしはずっと平安の御殿に閉じ込められていたの。
こうして自由になれてほんとうにうれしいわ。ありがとうKさん。」
「おれこそ光栄だよ。紫さんは、超有名だからね。今は日本だけじゃなく
世界中でね。」
Kは、ホテルのパソコンで「紫式部」を検索し、とりわけ華麗なポータルサイトを見つけて、紫にさし示した。
『源氏物語二千年紀特集=紫式部の素顔』
紫はちらっと一瞥をくれただけだったが―――。
「あ、そうそう、これプレゼントだよ。」
Kは、用意してあったアメシストの指輪を紫の薬指にはめた。
やがてふたりはありふれた恋人同士のように三〇〇八年のデートコースを
たどり、最高級ホテルの一室にたどり着いた。
それからふたりは永遠にも思えるほど長い間抱擁しあった。
Kの頭の中では、藤壺とか空蝉とか紫の上とか女三宮とか浮舟とかの女性の名前が浮かんでは消えた。
一瞬、Kはホテルの部屋の窓から夜景を眺めた。振り返りながら、「紫さん」
と呼びかけたが返事がない。いつのまにか紫の姿は見えなくなっていた。
いくらさがしても紫の行方は知れなかった。
Kは狐につままれたような思いを感じながらひとりでベッドに横になった。
動揺した心もくたびれれば眠りに落ちる。
そして翌朝、おそらくKは、平成二十年の日本、自分の部屋の中で
目覚めるだろう。紫と会うことは二度とないと感じながら・・・。


         *1 紫式部日記 四〇 梅と水雞 より

         *2 同上    二三 御五十日の祝い より

         *3 同上    四四 二の宮の御五十日の祝い より


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  上記の作品は、詩誌「SPACE 82号」に発表したものです。

 源氏物語千年紀を記念して書いてみた作品です。「紫式部日記」からの引用もあります。この日記では当時の宮中のようすが仔細に描かれており、紫式部と藤原道長とのやりとりなどもおもしろく紹介されていて、一読の価値はあると思います。そしてもちろん、「源氏物語」の味わいは格別のものがありますね。

by nambara14 | 2008-12-14 21:08 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

ぺんぺん草=詩



     ぺんぺん草


あたまのてっぺんから 一本の線を引く
見えないけれども鋭い線を
その線はどんどん伸びる
線は果てを突き破り
果てしなく進む
つぎの果てにぶつかったときも
突き抜けて進む
果てに向かっているかどうかも
わからなくなるほど遠くへ

足の先からも 一本の線を引く
不可視だけれども強靭な線を
線は地下へ向かってぐんぐん伸びる
果てしなく果てにぶつかり
果てしなく果てを蹴破って
線は進む

年老いた男の
あたまのてっぺんをくすぐるやつがいる
足の爪先を突っつくやつがいる
いたずらはやめなよ!
どうせ見えないやつらだから
どんな旅をしてきたかなんて
わかりやしないし
どこかを一回りしてきたなんて
ほざいたところで
信じる者などいやしない

この小春日和に
縁側でひなたぼっこをしながら
こっくりこっくりする
男の屋根の上で
二本の線が揺れている
ぺんぺん草みたいに



by nambara14 | 2008-12-08 13:29 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

たいせつなひと=詩


     
      
たいせつなひと



 ちょっとストレスがたまったとき
 愚痴をいうのをきいてくれるひとはともだちだ
 うんと不満がたまったとき
 八つ当たりするのを受け止めてくれるのは親友だ

 まったく最近はついてないや
 誤解に曲解 親切心があだになり
 不遜だと毛嫌いされた
 たいせつなひとたちが しだいに病に侵されている

 齢はとっても しゅんとはしないぞ
 空元気 冷や水 頑固一徹で 生きていく・・・なんて
 そんなことができるわけはなくて 腰砕け

 結局そのへんを歩き回って カフェで一休み
 新聞を読むふりをして となりの話に聞き耳を立てる
 行き場がなくて家に帰れば お帰りと言う 見飽きた顔



by nambara14 | 2008-12-02 13:08 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

夕日=詩

        

          夕 日


 なんだかよくわからないままに長い年月を過ごしてしまった
 ひねこびたふしくれを見て驚かされる毎日だったような気がする
 少年だった自分はどこに行ったのか 今の自分はだれなのか
 ぼくを置いて遠くへ旅立ってしまったひとたちはなにも言わない


 ぼくのそばにいるあなたはだれなのか 話しかけてくれたり
 年老いていく手をとって明るい日差しの下へと導いてくれたりする
 晩秋の冷たい風の中でちぢこまるわたしの背中をなでるようにして
 草はなびき 雲はちぎれ 空はめまぐるしく表情を変える

 小高い丘の方へと 歩いていこうとするぼくの耳に
 こどもたちの喚声が聞こえてくる 住宅街の中のミニ公園
 サッカーの練習に興じる姿をたしかめてから 歩み続ける

 丘に登りついたとき 急に目に入ってきた真っ赤な光輪
 なぜそんなにまぶしく輝く大きな円形であるのだろうか
 それさえも幻であるなどと思わせないでほしいこの夕日
 



by nambara14 | 2008-12-01 10:17 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

物語=詩




     物語


おそらく泣き声や雨風や波の音
母の胎内で聞いた心音やリズムが
鼓膜をふるわせ脳を喜ばせるのだろう
複雑な仕組みの末に感じ取る単純な情緒

何者かの無言の意思を探りながら
心をゆさぶることだけにこだわった姿勢で
膨大な物語を書き綴る若者は
やがて白髪になりやせこけて病床に伏す
脳内に未完の物語をあふれさせながら



by nambara14 | 2008-11-23 22:51 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

Something in my mind



Something in my mind


Something in my mind
Makes me uneasy
Something in my body
Makes me weak

Autumn looks beautiful
It gives me a lot of fruit
And I could enjoy it
If I want

Anything doesn't make me laugh
Anybody doesn't make me happy
Although it seems there are many joyful moments

The earth goes round
The life repeats everyday
Though something changes and gets lost


 (和訳)

    こころの中のなにかが・・・



こころの中のなにかが
わたしを不安にする
からだの中のなにかが
わたしを弱くする

秋は美しく見える
それは多くの果実を与えてくれる
わたしはそれを楽しめるのだ
望みさえすれば

なにものもわたしを笑わせてはくれない
なにものもわたしを幸せにはしない
世の中には多くの楽しい瞬間があるように見えるのに

地球は回る
生活は毎日繰り返される
それでもなにかが変わり失われていく



by nambara14 | 2008-11-18 12:01 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

エレジー=詩



エレジー



息苦しくて目覚めても
偏頭痛は鉛 首筋には岩盤
吐き気が喉元に迫り
立ち上がろうとしてもめまいがする

暗く冷たくぬかった道
重たすぎる荷物の中身は知れず
捨て去ることもできない
進むか立ち止まるか

いっそこのまま昏倒し
鳥や獣のえさとなりたい
蛆のわくむくろとなり
ついに名もない白骨と化して

風は吹き 光と闇は交互に訪れ
人声が遠くに聞こえる
永遠の沈黙へと誘われながら
一瞬の無感覚に顔をほころばせる



by nambara14 | 2008-11-05 14:53 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

メタモルフォーシス



    メタモルフォーシス



まず首を落とし 五体をばらばらにする
次いで皮を剥ぎ 内臓を引き剥がし
血を抜き取り 汚物を始末する
新鮮な肉塊を天井からぶらさげ
脂身をそぎ 肉を骨から削り取る
かたちよい肉切れができあがる
人肉を燃やすなんてもったいない
飢えに苦しむ子孫がどれだけ救われるだろう

髪はよく洗って鬘の材料にし 皮は粗末な入れ物にする
角膜や心臓などの臓器移植によって
光を見 命を永らえる者もいる
人体の使える部位は無駄なく利用しよう
体のすみずみまで有効活用された人体は
嬉し涙を流すだろう

透明のハート形のシャボン玉が
すっと体を脱け出し 空へと昇っていく
風に乗り はばたき 鳥になって 雲に姿を変える
はるか上空から下界を見渡し
ときには雨となってしめやかに地面をぬらす 
かつて愛したひとびとの頭上に静かに下りてくる












by nambara14 | 2008-10-19 23:46 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

生き続ける



   生き続ける


ごつごつした黒い岩を
何台もの馬車で運ばせた
フランス人は
寝る間もなくやり続けた
濃縮作業の中で
なにも乗っていない小さな皿が
闇に光るのを見て
叫びを上げた

ワシントン州の海で
何十万匹ものクラゲを採取して
緑色に光るタンパク質を
抽出した日本人は
着色されたがん細胞の増殖する様子が
手に取るように追跡できることを知って
思わず逆立ちをした

そんなことをテレビや新聞で
うすうす知っているだけの
多くのひとびとは
うすっぺらな影を落として日々を重ね
たまには海や山に出かけて
水平線や稜線をぼんやりと眺める

走るのが好きなひとも
歩くことさえできなくなり
歌うのを楽しむひとも
声が出なくなる
お尻にコケが生えてきて
なにもできなくなっても
ひとは生き続けて
手のひらに光を発見する



by nambara14 | 2008-10-10 11:48 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)

(淋しさの手前で)=詩




    淋しさの手前で



秋めいた風が 頬を撫でると
心は しんみりと なにかを思い出す
見上げれば 空は高く 雲が浮かび
夕暮れが 一気に迫ってくる

帰り道の 暗い足元から
静かな虫の音が 聞こえてくる
空には 月が昇り 星と遊んでいる
夏に疲れきった体が 休息を求める

家に帰っても だれも待っていない
暗い部屋に 入り込んでいくとき
だれかが 後ろから付いてくる

部屋には もうひとりのだれかが 先回りしていて
幻をゆらし 空耳を響かせている 
前から後ろから 古ぼけた感情に 追い込まれる


by nambara14 | 2008-09-16 10:52 | 新作詩歌(平成20年発表) | Comments(0)