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最近の詩集評(9)

広田修詩集『zero』。現在は過去とつながっている。目に見えるものも目に見えないものを孕んでいる。時間も空間も謎だ。論理的で体系的で整合的で完璧な表現をめざす私を、理解不可能な鋼鉄の正義をふりかざして追撃するものがある。それが詩だ。異教徒として別の身体を得た私は詩人の覚悟をする。

池田康『詩は唯物論を撃破する』(詩人の遠征7)。雑誌『洪水』の編集者であり詩人でもある著者が、近現代のマテリアリズムの絶望から人間の精神を解放する「生の秘儀」を遂行しうるのが詩であるとの仮説の下に、いくつかの詩篇を取り上げつつ、鋭い読解と論証を試みる、哲学的洞察に富んだ詩論書だ。

平野晴子詩集『黎明のバケツ』。こころの迷子になった夫との日々。繰り返し描かれる排泄の場面。病名を告げられてから七年間は書けなかった現実。ためらいながらも書くことは夫と付き合う大切な方法となっていった。重たい日常を見つめ続ける中で綴られた言葉は、自らに救いを与えるように見える。

「 生きているのを忘れるほどに
 美しい秋の日の縁側
 刈り取られていくオリザが
 かぐわしく匂ってくる

 こんな日は ただ
 吐いて吸って生きていたい」

       (「秋の日の縁側で」最終部分)

宇宿一成詩集『透ける石』。石に関わる詩が13篇、その他が11篇。東日本大震災後の作品を集めた。さまざな災害や災厄が頻発する地球上で いかに平和な国をつなげるかを真摯に問いかけるとともに、一人の人間として詩人としての誠実な思いが述べられる。静かな語り口の中に強い人間愛が感じられる。

 「地球という
  生きた大きな割れ石は
  巧みに命を地上に描き
  またひと噴きで
  消し去ることもできる」

        (「石の息吹」部分)

南川優子詩集『スカート』。イギリス在住の詩人南川の感性は意外性へと向かう。平凡な見方はない。りんごは爆弾、スカートは土を詰めた透明のビニール製、母はタンスだ。斬新で奇抜な発想の詩篇は知的でありユーモアに満ちている。とりわけ「骨」という作品は、人間の生死と情愛を巧みに描いた傑作だ。

日原正彦詩集『163のかけら』。163のアフォリズム集といった体裁だが、実は、短い詩の形で、他者というよりもむしろ自分に向けて話しかけたり答えたりしているように見える。生きることのさまざまな思いや感情が飾りのない言葉で述べられる。そばに寄って黙って頷きたくなるような心境を感じる。


     「花はひらいて己の美しさを忘れ
      鳥は飛んで空の深さを忘れる」

          (「126」最終連)


菅井敏文詩集『コラージュ』。日常生活から社会観察更には人間存在についての哲学的問いかけまでが、ユーモアや諧謔に富んだ言葉遊び詩、巧みなメタファーを駆使した詩そしてきまじめな情感に満ちた詩等さまざまなかたちの詩となって描かれる。骨壷に骨を納める場面を描いた「壺」の描写は実に正確だ。

吉田義昭詩集『空気の散歩』。ガリレオを初め科学者が登場する詩、臨床心理学関係の詩、故郷長崎を取り上げた詩、計20篇を収録。若い頃から高いレベルの詩を書き続けてきた詩人の筆致は、人生経験を積んで益々渋みを増し透徹を極めている。科学を詩と融合させた詩人の面目躍如たるものがある詩集だ。


水田安則詩集『残像』。肝臓病に冒されて亡くなった父の、家や病院での病状の変化を詳細に綴った、極めて重たい内容の詩集だ。今やどこにでもありうる高齢者の病気や介護だが、自分の身に降りかかれば深刻な現実となる。「ぼくの生体生理が/飢餓状態に陥るたび/柑橘の果実をむさぼりつくすしかなかった」(「柑橘の記憶」第2連冒頭)。


原田道子詩集『かわゆげなるもの』。現代の巫女が語る現代の神話といった趣があり、宇宙的な広がりや時間の流れ、人間の歴史、最先端の科学に基づく知見等が、マクロとミクロを併せ持つ巨大なパノラマのように描かれる。「子宮」「ガイア」「美月」等のキーワードが人間をかわゆげなるものにしている。
               
by nambara14 | 2016-06-11 00:00 | 詩集・詩誌評等 | Comments(0)