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今の姿で



歩けないのだと
こともなげに言いながら
ベッドに横たわる九十三歳の
しっかりした眼差しに一瞬
とらわれて その女性の
顔立ちや表情は穏やかで
若い頃はさぞかし
さっそうと男たちを
迷わせたに違いないと
思いながら 歩けないのですか
でもしっかりしてますよね
九十三歳とは思えませんよ
そのときなにか木の葉の裏が
表に返ったような動きが見え
昔の私ではなく
未来の私でもなく
今の私を見てくださいと
ささやく声が聞こえたような気がした
今こうしてねそべりながら
さまざまな野心を胸にしている私が
私なのですから
大きな流れの中に漂い あるいは
春の訪れにスキップする心も
自分を取り囲むすべての人々や
空気や光と影や声や
逃げられない汚れの事実や
しだいに混濁するかもしれない意識や
末期症状があったにしても
今の姿の私が紛れもない私なのですから
どうか
過去の視線ではなく
行き過ぎた視線でもない
現在の真っ直ぐな視線で
今のあるがままの私を
見てくださるのが
なによりも嬉しいのですと
伝えたいのだろうと
そんなふうに感じながら
その場にその女性と自分が
僅かな時間でも出会ったことが
長い布のような記憶を
残させることになるのだと思えた
by nambara14 | 2013-02-17 14:55 | 新作詩歌(平成25年) | Comments(0)