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{ きままな詩歌の森 }へようこそ!        

「現代性」にこだわった、詩の世界を、お楽しみください!
 
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# by nambara14 | 2018-12-31 23:59 | プロフィール | Comments(0)

最近の詩集評(12)

竹内美智代詩集『聲にのせたことばたち』。『詩人の聲』プロジェクトで聲を撃ち込んだ、鹿児島弁による詩篇。方言はふしぎな力を持つ。串木野が身近に感じられる。「人間なんか 沈んじょいほが うかっよ/じゃっどん とっどっ 浮きゃがっとよ/いっど 沈んと 二度目は こわなかっよ」(「筏」)。
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# by nambara14 | 2018-01-03 21:36 | Comments(0)

大晦日


 詩歌と小説と翻訳と評論とエッセイといろいろ携わることは自分にとって相乗効果がある。

 ① 詩歌=瞬間的なエスプリやユーモアや簡潔さ
   小説=ボリューム感や建物を建てるような忍耐強さ
 ③ 575系短詩および57577系短詩=直接的感情の発露
 ④ 翻訳=マジカルな魅力
 ⑤ 評論エッセイ=批評眼の養成と思考の進化と自分の意見の発表

 いろいろ手掛けることで、それぞれが中途半端にならないように注意しながら、来年もまたあれこれの分野で自由奔放に活動するのが自分の望みです!

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# by nambara14 | 2017-12-31 17:33 | Comments(0)

大晦日


    平成29(2017)年大晦日

 今年は自分にとって収穫の多い年だった。

 電子書籍小説『血のカルナヴァル』を出版した。

 毎度のことながら、渾身の作である。

 ぜひ読んでいただきたい作品である。

 来年は新しい小説の電子書籍化を計画しているので、ご期待ください。

 詩も多くの着想を得てさまざまなスタイルの作品を書くことができた。詩誌「space」「repure」「詩素」などに発表している。

 新詩集については二年以上前にある出版社に依頼しているのだが、なかなか進まない。

 「09の会」に加えて、今年から「松下育男詩の教室」に参加し始めた。私にとって偉大な師を得た思いがして、心から喜んでいる。詩作への意欲が更に高まっている。

 「阿部公彦英詩研究会」にも参加した。英詩の研究者と交流できて有意義だった。ゲストの島田雅彦氏と話ができたのも収穫だった。
 自分もディラン・トマスの詩を翻訳した経験があり翻訳には関心があるので、今後とも機会を見つけて参加したいと思う。

 「南川優子&ヤリタミサコ英詩を読む会」も有意義だった。イギリス在住の南川さんが毎回最近のイギリスの詩人を紹介してくれる。ヤリタさんは刺激的なアメリカの詩人を紹介してくれる(今回はボブ・ディラン)。

 575系短詩と57577系短詩も折に触れて書いた。季語や切れ字や文語体について自分なりの考え方があるので、読者にはとっつきにくいかもしれないが、書く立場からは最善の方法を追求しているつもりだ。

 評論やエッセイは批評眼を養うためにも自分の考え方を読者に理解してもらうためにも重要だと思って時々書いている。

 来年も、詩歌、小説、翻訳、評論、エッセイなどに全力を傾注したいと思っているのでみなさんよろしくお願いいたします。

 



 

 


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# by nambara14 | 2017-12-31 17:07 | プロフィール | Comments(0)

南原充士詩集のご紹介


『 詩集つれづれ=問わず語り 』 
                                          
1.南原充士詩集=わが既刊詩集12冊を振り返って

 詩集「思い出せない日の翌日」を刊行したついでに、これまでの詩集についてもどんな思いで刊行したのか振り返ってみたい。
 まず、詩集「思い出せない日の翌日」は、自分としてはきわめて「私的」な位置から「私的」な思いを込めて書いた詩を集めたものだと思っている。
 いくつかのスタイルの詩を同時並行して書いてきた自分としては、フィクション性の強い詩集「ゴシップ・フェンス」から、私的な感覚を基礎とした詩集「インサイド・アウト」までの広がりを自分なりに書き分けることで、自分の詩への思いや表現法を見出してきたのだと思っている。

 詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めたもので、ユーモアやナンセンスは詩の重要な要素だと同時に、なにより楽しめるのがいいと思って出したものだ。

 英和対照詩集「永遠の散歩者」(A Permanent Stroller)は、多様なスタイルの短めの詩を集めたものだが、英語と日本語とワンセットで出したところに新鮮さがあると思っている。

 詩集「タイムマシン幻想」は、医学のほか物理学や文学の古今の偉人をとりあげ、現在過去未来を行き来する感覚で書いたショートショート風の作品集である。

 詩集「花開くGENE」は、遺伝子に運命づけられる人間の祈りをテーマに、言葉遊び、抒情詩、叙事詩という三部構成でまとめたものである。

 詩集「笑顔の法則」は、横書きの詩集で、記号を多用し、実験的な作風の詩を集めたものである。「わたしは笑いながら死んでいけます」と言った少女の言葉がきっかけとなって書き始めた詩集である。

 詩集「個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか」は、40歳ごろから10年ほど詩作を中断していた折に、出版社からの誘いがあって、30代後半にノートに書きつけていた詩を中心として詩集を出した。これをきっかけに詩作を再開した自分として思い出深い詩集である。
 
ついでに、過去の詩集を振り返ると、私家版として出した詩集『散歩道』、詩集『レクイエム』、詩集『エスの海』がある。
 詩集『散歩道』は、自分にとって初めての詩集で、昭和51(1976)年、27歳の時に出した抒情詩集である。

 詩集『レクイエム』は、抒情詩を中心としながらも生きる不安を表現する詩も含めた。

 詩集『エスの海』は、レトリックにこだわったやや長めの詩を10篇だけ収録した詩集である。
 以上の3詩集は、発行部数も100部と少なかったので、多くの読者に届けることができなかった。
 特に、『エスの海』は、数十部しか読者に届けていない。
 『エスの海』は、昭和58(1983)年発行の詩集だが、平成13(2001)年発行の詩集『個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか』までは、18年間の時間差がある。
 そのうちの10年間は、詩作からも詩を読むことからも遠ざかってしまったのだった。

2.詩集刊行にまつわるエピソード=詩集「笑顔の法則」から

 詩集を出すことを前提に意識的に詩を書きだしたのは、詩集「笑顔の法則」からだ。
 バッハの無伴奏チェロ組曲に聴き惚れていた頃、自分も組曲のような詩集を出したいと思って、詩篇の数やテーマやスタイルを最初から決めて書いたものだ。
 この詩集は、パソコンやケイタイメールのような横書きのスタイルを取り、各種の記号を多用した実験的な詩集だったので、思潮社に出版をお願いしたところ、すこし検討させて欲しいと言われて焦ったが、結局引き受けてくれて、出版にこぎつけることができたのだった。
 日本文学の伝統的な縦書きのスタイルからすれば、横書きで記号を多く使った詩集は新奇なものと映ったと思われるが、自分としては、時代が変われば表現のスタイルが変化するのは自然なことだと考えて、特別反抗的な意図はなしに、そのような詩集を刊行したのだった。
 その後、横書きの詩集は刊行していないが、そのときどきの自分の感覚に従ってスタイルを選択しているだけで、基本的には、詩集のスタイルは著者が自由に考えればよいのではないかと思っている。
  詩集「笑顔の法則」は、平成17(2005)年発行だから、十年以上前ということになる。
   
  この十年余というのは、この詩集をきっかけとして、自分の書きたいことを書きたいように書くということに徹してきた。詩を書くことはとても難しいことだと思うが、苦しみ半分、楽しみ半分で書いている。求道者のようにまじめくさった姿勢は苦手なのである。
 詩集「笑顔の法則」の表紙は、思潮社編集部で作っていただいたが、ポップな感じが詩の雰囲気とマッチしているのが気に入っている。
 ちょっと風変わりな詩集を好む読者には喜んでもらえると思っている。

3.洪水企画とのかかわり、詩集「花開くGENE」の刊行について

これまで私家版を含めて12冊の詩集を出してきたが、そのうち6冊は洪水企画から出している。
 自分が詩集を出し続けてこれたのも、洪水企画の池田康氏のおかげだと感謝している。
 池田氏とはじめて会った時、彼はとある出版社で詩歌関係の編集の仕事をしていたが、独立して出版社を始めることを考えていたようだった。
 その後、池田氏は予定通り独立して、詩と音楽の雑誌「洪水」を創刊するとともに、詩歌と音楽関係の書籍の出版をてがけるようになった。
 わたしが詩集を出したいと考えていると話すと、自分が作ってもいいと言ってくれたので、詩集「花開くGENE」の制作を依頼した。
 洪水企画から出版する書籍第一号ということで、池田氏も相当力が入っていたのだと思うが、詩集の原稿を送ると、作品の並べ方や、一篇一篇の詩篇ごとへの評価や修正意見、さらには作品の取捨選択についてまで、詳細に検討の上指摘をしてくれた。わたしも真剣に彼の意見に耳を傾け、受け入れられる限りはその意見に従って、最初の原稿を大幅に変更したのだった。あわせて、彼の意見にしたがって、詩集のタイトルも変更した。
 そうしてやっと出版にこぎつけた詩集「花開くGENE」は、装幀も詩篇も含めて大いに満足できる仕上がりだった。
 池田氏は、文学だけでなく、音楽、美術などの芸術一般に通じている上、大学院では哲学を専攻するなど、幅広い教養の持ち主である。英語やドイツ語など語学にも通じていて、外国の芸術にも造詣が深い。
 その上本造りのセンスも抜群で、編集から出版までの情熱あふれる仕事ぶりは敬服に値する。
 そのような経験を踏まえて、さらに5冊の詩集作りを池田氏にお願いすることになったのだった。

4. 詩集「タイムマシン幻想」について
 
洪水企画から出した二番目の詩集が「タイムマシン幻想」である。
 自分が健康を損なって入院手術を経験したことで、人間の体というものをきちんと勉強しておく必要があると思うようになり、医学の入門書を読みあさったり、テレビの健康番組を見たり、新聞やインターネットなどで医学や健康に係わる情報を仕入れていたときに、ヒポクラテスという偉大な医師がいたことを知った。「ヒポクラテスの肖像」という詩はそのようにしてできた。
 野口英世、緒方洪庵、杉田玄白、ジェンナー、バンティングなどの医師のことを調べているうちに、タイムマシンに乗って時間を移動するという設定が詩としてもおもしろいのではないかと感じて、詩集のタイトルを「タイムマシン幻想」と名づけたのだった。
 作品の中には、ツタンカーメン、紫式部、モーツァルトなどにも登場してもらったりして、作者としても意図せずしてふしぎな経験ができたと思っている。歴史上有名な人物を登場させた作品だけでなく、SF的なストーリー性を持った作品も収めている。フィクション性の強いショートショート風の趣を呈する作品集とも言える詩集である。ユニークな発想の物語を好む読者になら十分楽しんでいただけると思います。

5. 詩集「インサイド・アウト」について

 詩集「インサイド・アウト」は、肉親の死がきっかけとなって生まれた。詩集のはじめの数篇は故人への思いを述べている。詩篇は、日常の何気ない情景の中に感じられる喪失感をさまざまに描いたあと、しだいに生きる喜びを見出す心境へと行き着く。
 帯には、「等身大の抒情詩篇」とあるが、厳密にはフィクションも混じっている。そういう意味では、詩集「思い出せない日の翌日」のほうがより私的な思いに徹した内容になっていると思う。
 詩集「インサイド・アウト」の装幀は、赤や黒や銀色など、インパクトの強い色使いがなされている。
 洪水企画から刊行した6冊の詩集のうち詩集 「にげかすもきど」を除いては巖谷純介氏が装幀を担当してくれている。詩集の内容にあわせた大胆なデザインの装幀はそれぞれの詩集を個性あふれるものにしていると思う。
 読者諸兄におかれては、詩集に収められた詩篇と同時に装幀も楽しんで頂きたいと思う。

6. 詩集「ゴシップ・フェンス」について

 詩集「ゴシップ・フェンス」は、虚構性や暗喩や観念性にこだわった詩篇を集めたものである。
 自分にとって洪水企画から出した4冊目の詩集である。
 ゴシップ・フェンスというタイトルは、愛読していたアメリカのマンガ「Snuffy Smith」に登場する、アメリカ南部の牧場のフェンスで、隣り合った牧場の奥さん同士がしょっちゅうそのフェンスにもたれてよもやま話をするということから、「ゴシップ・フェンス」と名付けられていたのを、借用したものである。日本でなら、さしずめ、井戸端会議といったところだろうか。ご興味のある方は、”snuffy smith comic”で検索すればすぐに画像をご覧いただけると思います。博打好きの亭主が主人公で、南部なまりの英語がめずらしくもあります。
 詩集は、物語風の作品からはじまって、次第に奇妙な感覚にとらわれる種々の作品へと移っていく。
詩がしだいに書き手から離れて詩の女神の言うとおりに書かされて自立していくという珍しい経験をしたものである。それを自分では「絶対芸術」という言葉で形容した。
 そういう意味では、この詩集は、わたしの詩集の中ではもっともとっつきにくいものだろう。洪水企画の池田康氏も、編集段階で、「こんなにわかりにくい詩集でいいんだろうか?」というような反応を示したのを記憶している。わたしは、詩集「花開くGENE」での経験から、それ以後の詩集では、徹底的に自分の作品を吟味してこれ以外ではありえないという結論を得るまでは原稿を送らないと決意していたので、貴重なアドバイスには感謝しつつも、大きな変更は受け入れなかった。
 詩集「ゴシップ・フェンス」は一見難解に見えるかもしれない。だが、少し辛抱して読み進めてもらえれば、人間の生きることの奇妙な面白さがわかっていただけると信じている。

7. 詩集「にげかすもきど」について

 詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めた詩集である。
「にげかすもきど」は、日月火水目金土の「にち・げつ・か・すい・もく・きん・ど」の頭を取ってつけたものである。私の場合、言葉遊びの詩と言うのは意識して書けるものではなく、ひらめきが訪れてはじめて書けるものだと思う。そういう意味で、言葉遊びの詩というのは、書くのが難しく、神経を使って書く必要がある。お笑いと言うのは、人が笑ってなんぼのものだと思うが、笑わせるのは並大抵の技ではできない。
 自分にとって、もっとも尊敬する詩人は、谷川俊太郎さんである。ひらめきと言葉遣いの巧みさは天才的なものがある。いろいろなスタイルの詩を書かれているが、とりわけ言葉遊びにかけては、谷川さんに勝る詩人はいないと思う。
 そこで、詩集「にげかすもきど」を刊行するにあたって、思い切って、谷川さんに手紙を送って、帯文をお願いした。断られるかもしれないと思っていたら、谷川さんから、あっさりと帯文が送られてきて、自由に使ってよいと言ってくださった。有名な詩人だが、実に謙虚で親切なのにいたく感激して、ますますファンになってしまった。
 詩集「にげかすもきど」が刊行されてから、すぐに谷川さんにお礼をそえて詩集をお送りしたら、丁重な手紙にそえて、一冊の御著書をお送りくださった。 
 その後、洪水企画の池田さんは、雑誌「洪水」の企画で、谷川さんに仕事をお願いする機会があって、拙詩集について谷川さんに感想を求めたら、「よくできてるんじゃない」と答えてくれたと伝え聞いた。
 なお、詩集「にげかすもきど」の装幀については、知り合いの有望な若手グラフィックデザイナーの川田武志氏にお願いした。小さなおもちゃのようなキャラクターがたくさん並んで楽しげな絵柄は、詩集の内容とぴったりマッチしてとてもよい仕上がりだったと感謝している。
 編集の池田さんも、いつもと勝手がちがって苦労されたようだが、持ち前の頑張りで一味違った詩集を完成させてくれた。
 詩集「にげかすもきど」は、一見変な詩集だが、先入観なしに読んでくだされば、心から笑っていただけるものと信じています。

8. 詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」について

 詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」は、日本語と英語が見開きの対照関係になっている詩集である。対訳と言うのが普通の言い方だと思うが、書いた本人の感覚からすると、一つの詩が英語と日本語とで融通無碍な感じで生まれてきたので、「対照」という言い方をした。
 
 大部分の詩は日本語が先にできたが、いくつかは英語が先にできた。
 英語にするということで短めの作品が多くなっているが、いろいろなスタイルの詩が一冊に収められているという意味では、最近のわたしには珍しい詩集である。
 
 英語は、若いころから親しんできたのでそれなりに理解力はあると思うが、外国人に通用するような英語になっているかと言えば、絶対的な自信はあるはずもなかったので、池田康編集人のすすめにしたがって、英文学者で歌人の大田美和さんに英語の監修をお願いした。真っ赤に手の入った原稿を見て驚いたが、真摯なやり取りの中で、両者納得づくで最終形がまとまったのだった。
 洪水企画の「詩人の遠征」シリーズのNo.5という位置づけで出版されたが、詩人本人が日本語と英語を同時に対照形式で詩集を編んだ例は我が国にはあまりないと思うので、国際化を目指す日本にとって文学面から一石を投じる意義はあると思っている。
 英語の詩が並んでいるということで、アレルギー反応を示す方もいないではないが、日本語だけを読んでいただいても結構なので、どうかあまり毛嫌いなさらずにお手に取っていただければ幸いである。

9. 詩集「思い出せない日の翌日」について

 自分としては、さまざまなスタイルの詩集を洪水企画より刊行したので、一区切りという趣旨もあって、洪水企画の仕事ぶりは大いに評価しつつも、その次の詩集はほかの出版社に依頼しようと思っていたら、ふと身近に水仁舎の北見俊一氏という絶好の人物がいることに気付いた。
 「09の会」という詩の合評会で1,2か月に一度は顔を合わせる仲であるし、年二回発行の詩誌「repure(ルピュール)」の編集発行者でもあるということで、頼みやすいということもあり、また、詩誌「repure」の造本技術には感動していたので、話をしたところ、快諾してくれたのだった。
 詩集「思い出せない日の翌日」に収めた詩篇は、すでに出版した他の詩集が比較的実験的な要素を持つとしたら、こちらはごく地味な日常の情景や思いを日記に近い感覚で書いたものだった。もちろん日記はそのままでは詩にはならないので、詩集にするに当たってはそれなりの工夫はしたつもりだったが、それでも自分のかなり本音に近い思いが漏れてしまったというような感じの詩集だった。
 詩集「思い出せない日の翌日」は、水仁舎の方針もあり、ISBN番号もとらず、Amazonなどの取り扱いもないということで、宣伝は自分次第という感じなので、わがブログで、このような「詩集つれづれ=問わず語り」というような文章を書いてみようかと思った次第である。
 今のところ、装幀の評判がとてもよいのだが、ついでに詩篇のほうもよい評判が得られたらうれしいと思っている。
 この詩集あるいはほかの詩集に少しでもご興味をお持ちの方がいらっしゃったら、お気軽に、わたし(南原充士)あてにお問い合わせください。
 よろしくお願いします。
                                                南原充士


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# by nambara14 | 2017-12-26 10:31 | プロフィール | Comments(0)


 南原充士 平成29年(2017) 文学活動の記録


1.小説関係


   Amazon Kindle版電子書籍で5冊目の小説『血のカルナヴァル』出版(H29.5)


     (参考) 既刊電子書籍小説

      BCCKS   『転生』
      Amazon 『エメラルドの海』
           『恋は影法師』
           『メコンの虹』
           『白い幻想』


2.詩関係


   ① 詩誌「space」 132号(時間論Ⅴ)
             133号(時間論Ⅵ)
            134号(時間論Ⅶ)
             135号(時間論Ⅷ)
            136号(時間論Ⅸ)
             137号(時間論Ⅹ)
   ② 詩誌「repure」 24号(放物線)
            25号(W)  
   ③ 詩誌「詩素」  2号(手紙)(論考=詩の批評の方法およびその具体的適 用)(詩集評)
            3号(忘却)(論考=翻訳の多義性)(詩誌評)
   ④ 雑誌「洪水」 20号(『若い詩人たちへの質問#マーサ・ナカムラ篇』)
          
   ⑥「09の会」(詩の合評会) 数回出席
   ⑦「松下育男詩の教室」に参加(H29年5月から)
   ⑧ 阿部公彦主宰「英詩研究会」に参加(H29.2月,9月)
   ⑨「英詩の勉強会(講師 南川優子およびヤリタミサコ)」(H29.12.9)に参加
   ⑩ 詩集寸評 ブログ「きままな詩歌の森」に随時掲載
   ⑪ うろこアンソロジー2017版に 詩「小さな人形」を発表


3.575系短詩および57577系短詩


   随時、ブログ「きままな詩歌の森」に発表


4.ブログ


   ①「きままな詩歌の森」
     (自作詩歌、詩集短評、ディラン・トマスの詩の翻訳等を掲載))
   ②「越落の園」


5.SNS


   ①twitter
   ②Facebook
   ③mixi



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# by nambara14 | 2017-12-19 19:30 | プロフィール | Comments(0)

57577系短詩(平成29年)

57577系短詩(平成29年)

                         南原充士


流れゆく 水に紛れて 泳ぐもの 揺らめく影は 消しきれず浮く
幻影と 思いて撃てば 血を流し 倒れる際に 首絞めんとす
復讐の 連鎖止まらず 銃弾の 嵐の中を 逃げ惑う民
憎しみは 憎しみを生み 悲しみは 底なし沼に 広がりていく
汲々と 過ごす日々なり すさんでは 万朶の花も まぼろしと消ゆ
泣きながら 生きてきたんだ 仮面付け 薄暮に紛れ 花陰に消ゆ
なさけない 弱き己に おののいて 引きこもりても 日は過ぎてゆく
割り切れぬ 日に日を継いで 過ぎ来れば 割りなきわれも わなわなと泣く
あと一歩前に進めという声に押されるように半歩踏み出す
半身を 置いて踏み出す 蜃気楼 凍れるままに 火炎放射器
半身を 求めるごとく 洞穴を 濡れつつ迷う すってんころりん
半信の 惑うばかりの 過ぎ越しも 半疑のこころ わずかに超えて  
試みに 飲み干してみる ブラインド 喉に広がり 脳幹を突く
勧められ 軽く手にして 口にして 買わずに帰れぬ 窮地に落ちる
ともかくも 飲めば浮かれて 軽口も おのずから出る ほろ酔い加減
ちぇっと言う あとは語らず もくもくと 柳葉の下 歩みゆくのみ
しゃらくせえ 首を回して 見栄を切る たったひとりで もてあます時
だまらっしゃい ひとの不幸に つけこんで おためごかしの 根掘り葉掘りは
寝苦しい 一夜が明けて 曇る朝 内なる悪魔 くすぶりて食む
繰り返し 目覚めた床に 残りたる 夢のしずくを 涙かと見る
愛すれど 愛は見えない 恋すれど 恋も見えない 立ちすくむまま
あるはずも ないと思えど あってみれば 唖然とするか 悄然とする
そんなはず ないと思って いはしたが あってしまえば あるということ
とにかくに 受け入れざれば 次の手を 打つことできぬ まさかのさかも
その一瞬 間近に寄れど 悲しみに 歪んだ顔を 正視はできず
力なく 立ちすくむひと 顔色の くすみし中に 濡れたる瞳
どのような 表情をして 言葉など かければよいか しばし戸惑う
失って はじめてわかる 悲しみを わかろうとする 気持ちで測る
どのような しぐさと言葉 迷いつつ ぎこちないまま 近づいていく
このような 時と場合に ふさわしい ひとでありたい あなたのために
裏表 上下左右に 遠近感 平面立体 錯視ピンボケ
鹿に乗る 人は林に 紛れ込み まだらに消えて また現れる
知らぬ間に 登れば下る 階段を 踏み外したら 波乗り気分
老朽の 部品交換 忘れずに 快適生活 とわの喜び
老いたとて 交換部品は ありません 一度限りの からだいたわれ
おいおいに あちこち不調 見舞われて すいとん火遁 雲隠れ術
No matter what a sales person's smile may be,
A smile makes my heart clear,
Like the end of the rainy season.
営業の 笑顔と知れど 頬笑みは梅雨明けのごと 心を晴らす
It was announced that the end of the rainy season came.
The mark of the sunshine filled all parts of my brain.
梅雨明けと 聞けば脳内 照り付ける太陽光の マーク浮かび来
When I stumble,
I try to list up good things
Which have occurred during this year.
つまずけば 今年に起きし よきことのリストアップを してみんとする 
Waking up in the morning
Feeling unexpectedly bad,
I stand still on the edge of the day.
予期せざる 不調に遭いて 覚める朝一日の縁に しばしたたずむ

「天 網」

紆余曲折 風雪凍河 熱気団 激流の中 漕ぎ行く小舟 
馬耳東風 傍目八目 超自然 会者必離の 深謀遠慮 
隔靴掻痒 地団駄踏んで 倒れ込み 氷菓腹痛 激辛の夏
嘲笑い 含み笑い 泣き笑い 失笑爆笑 苦笑哄笑
ぐずぐずと 崩れる鉄の 錆深く 眩暈の渦 幻想の海
一瞬の 一瞬前から 一瞬後 消えて現れ 現れては消ゆ
高速の 移動体とは 知らずして 地面に立つは 人間の子ら
人はみな 風林火山 影よりも 疾く現れて 消え去りてゆく
見る限り 触れる限りの 網目より こぼれ落ちざる しずく玉なす
思わざる けがに動転 血を止めて バンドエイドを 無造作に貼る
よりにより こんな祝いの 直前に 指を傷めて 顔曇らせて
なにごとが あろうと自若 なにくわぬ 顔してにっこり あいさつをする
雨風に 翻弄される 日常は 水遁の術 異界に齟齬す
張りぼての 虎より怖い 顔をして 祭の太鼓 叩きつつ吠ゆ

「良 薬 」

受賞者と 記念写真を 撮るときは 苦虫さえも 甘く微笑む
信じえぬ 同士であれど 慈悲もない 酷暑に遭えば 苦笑いする
笑うのは ただの薬と 笑い出す 笑い上戸の むき出しの歯は
怒り狂う 顔は見えても 感情は 透明ゆえに 見定め難し
背信を 裏返しては 狂信を 眠らせてみて 信頼芽吹く
たまさかに 会ったひととは 会わずもがな 当たり障りのない 言葉を交わす
バテ気味の 体起こして へこみがちの 心引き上げ 喝入れる午後
辟易の 軽佻浮薄 忌避すべき 愚昧の蔓延 冷徹な処置 
おしゃべりは 言葉とこころ 交わし合い 気持ちと体 ほぐす良薬
現実に いかに適合 して生きる 狂わざる針 病み伏さざる灸
猛暑日も 人出は多く ひきこもる タイプの者は 乾きつつ行く
影のごと 道行く者に 幸あれと にぎわう路傍 見えず聞こえず 
そんなにも 出かけたがるの きみたちは 楽しかったと 口々に言う
曇る空 一夜明けての 大変化 昨日の自分 よく生き延びた
現在の 自分の気持ち 只今の 自分の言葉 座標に落とす
現在が すべてとすれば 先端の 一瞬だけが 際立つ光
愚かなる 小さな怒り しずめんと おのれの虚無に 外気吹き込む
自虐から 何も生まれぬ 自信から すこし生まれる 実りへの芽よ
プレフラの 顔を作って 帰ります 仮面の下に 疲れ隠して
ひょっとこの 仮面つければ 我知らず 素顔のわれも ひょっとこ顔に
おたふくの 仮面つければ その下の 顔もおかめに 笑いくずれる
落ちてくる 物体らしく 見える影 轟音もなく 跡形もなし
忍び寄る 不定愁訴の まだら影 光の方へ 導かれゆけ
精神の 筋肉鍛え 心労に 打ち勝つ秘訣 有りや無しやと
人知れず 手毬弾ませ ゆく秋の こころなしにか 影うすく見ゆ 
冷涼と 冴える月影 見上げつつ 明日のわが日は いかにかと問う
艱難を 避けて歩める 道のみに あらずとあれば 転びつつ行く 
目を開き 口を閉ざして 耳澄ませ 手に落つ甘露 舐めとらんとす
快哉を 叫び 万歳 三唱し 拍手喝さい 花吹雪舞う
握手魔の 握力強く 握る手は 握らるる手を 握りつぶすか
これを見て いいつつ壁に 登る子を 目の隅に見て 下の子を抱く
頑固者 罵り合うも 骨肉の 恩讐なければ 立ち去りて已む
漫然と 年経るのみと 思い得で 古き茶碗を 敢然と割る
諦めも 執着もせず 過ぎる秋 師走へ急ぐ ひとの足並み

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# by nambara14 | 2017-12-19 11:25 | 五七五七七系短詩 | Comments(0)

575系短詩(平成29年)


575系短詩(H29年)


  南原充士


 
桜舞う ベンチはだれを 思い出す
汚れ拭き すわっていいと だれに言う
だれのため 光と影が 生まれしか
桜散る 雨足長し 底深し
やややんや 悠揚として よか男
肉魚 野菜味噌汁 夕御飯
雨風の 揺さぶる花の 路地を行く
瞳孔の 開いたままに さまよえる
涙など 見せるものかと 走り出す
鼻水の とまらぬと言う 花冷えて
ただ聞いて うなずくだけで 去りにけり
ここにしか いられぬならば 安らげよ
坂上まで 雪に埋もれて 開講日
海光の きらめく刺繍 見える部屋
どこまでも 邂逅あれば 歩みゆく
凍り付く われは半裸の 原始人
All over frozen,
I am a semi-naked
Primitive man.
解凍機 くぐれどなおも 氷点下
Going through
A defrosting machine,
It is still frozen.
安らかな 眠りに就けよ 氷河人
Good night,
Get a sound sleep,
Glacier man!
メビウスを 水族館の 順路とし
悠々と ガラスを抜ける 鱶の鰭
人魚にも 泳がせてやれ 螺旋漕
散る花の はらはらとして 悲しまず
咲き継いで 散ってみせれば 腑に落ちて
端境期 ただ待つのみの 花盛り
微細から 巨大に至る 真ん中へん
虚構だと 気づいていても 静心
年ばかり 気になる老いの 四捨五入 
気の抜けた ビールあおれば 足萎える 
よろめいて つまずいておれ 脛痛い
てやんでえ 口も回らぬ 空元気
暑すぎず 寒すぎずして つつじ咲く
この道を 歩いていれば 初夏になる
かこつこと ばかりだったな 目に青葉
生きてれば よくもわるくも 変化する
生きている 一寸先は 闇だけど
生きるとは 新たな時に 出会うこと
ハ長調 今朝の窓辺に 光射す
ニ短調 今宵酔いどれ 裏通り
弾き手無し 調律済みの 古ピアノ
龍神と 雷神のいる 天気予報
Both the Dragon God and the Thunderstorm God
Appear in the weather forecast.
小説と 詩を商える 仮想店
This is a virtual bookstore
Which sells poem books and novels.
押し売りの 度胸もなくて 夕涼み
I can't be a peddler,
Just cool off in the evening.
綿飴と ラムネの前で 立ち止まる
I stop
In front of cotton candy
And soda pop.
孫を抱く じーじじーじと アブラアセ
I hold my grandson in my arms, who calls me,"Jiji, jiji."
I sweat a lot remembering large brown cicadas.
自暴自棄 昔話で 茶を濁し
Mother, suffering from senile deterioration,
Tries to cheer herself up
By remembering her old days' memories.
炎天下 多臓器不全の ごとくある
It's very hot,
I feel like
I suffer from multiple organ failure.
気合など 入れないままに 土用丑
Not showing much spirit on the day of the ox,
Which is named after one of the twelve animals
Of the Chinese zodiac.
われ重く あなたは軽い シーソーよ
I am heavy and you are light,
We are on each end of a seesaw.

    「夏休み 」

夏休み ありやなしやの 地球人
慰めも 安らぎも盛る うなぎ丼
追いかけて 陽炎となる 人の果て
新築の 病棟なれば くつろげる
笑うにも 腹筋痛し 玉の汗
空模様 人の心は 上の空
今日もまた 禁断の実を 盗み食う
原人の 思いに重ぬ 恋初め
炎熱を 吹きやる風を 望むべく
われもまた 奇人変人 ゴマの生え
空高く ふわり並ぶは 熱気球
傘さして 荷物の方へ 傾きぬ
前線の 上がり下がりに 縮約す
脱ぎ捨てた おのれの殻を 踏み砕く
仮初も 脱ぎ捨ててみる いじらしさ
隣人の 顔も知らずに 別れけり
意味もなく 喋れば狂人 避けるべし
座りたい 態度見よがし 優先席
毎朝 すれ違うひとに 敵意を持たず

   『八月の光と闇』

八月の 光濃ければ 影深し
The light in August is very strong and the shadow is very dark.
八月の 闇深ければ 罪重し
The darkness in August is profound and the sin is grave.
八月の 地軸傾き 滑る足
The axis in August leans and the feet slip.
事故あれば 迂回経路の 群れに付く
アイス棒 解けだす真昼 熱の授受
妙薬に 縦皺の顰 開け行く
夢うつつ いつのまにやら 夏はずれ
小雨降る 夜の樹木に 蝉騒ぐ
眠れる子 膝に抱える 父と母
木になる実 気になる人と 冷やしてる
じりりっと わが足元に 蝉の腹
アイスティー アイスキャンディー スキャンダル
上り下り 黙考いざり 飛ぶ意識
昨日から 今日を飛ばして 明日になれ
あの時に 言うべきだった 揺らめくも
少なくも 欺瞞の自己は 晒さない
人知れず 怒るとしても 気取られず
一日の 清算業務 終わらない
眠たいと 愚痴るの森の 寝ずの番
生きるのは 権利か義務か 熱帯夜
見上げれば 夜の青空 天使飛ぶ
さてと言い さてと言いつつ 定まらず
仮にだよ 泣きたい時が あるとして
八月は 自問自答の 閉曲線
人のいぬ 時代があった あるだろう
捨てられる 限りは捨てて 拾うもの
否定して 抹消しても 悪びれず
今頃は 野外ステージ 納涼祭
遅い朝 遅れたひとが 起きてくる
炎天を 歩く自分を シミュレーション
限りなく 問いかけてくる ケアハウス
飛び跳ねる 若鮎を見る 車椅子
もつれたる 足の運びは 帰らざる
くれなずむ 空に浮かぶは 納涼祭
招かざる 客にはあらず 浴衣がけ
片付ける 祭の後を 急ぎ去る
見る者も 演じる者も 存命者
いいなどと 言わぬが花と いうごとく
良き人を 独り占めして 西瓜顔
敵味方 縹渺として 定めえず
偉そうな 物言いを避く 記念の日
単純な 思考を避けて 黙祷す
割りなくも 炎暑の絵図に 残る影
一人でも 目と目が合えば 歓喜の日
老いたるを 孤独の淵より 引き上げる
手を添えて ようやく歩む 老いの道
手を離れ 歩き始める 裸ん坊
帰らざる 河に棹差す 死者の群れ
振り向いて また振り向けば 道がある
語らいの 夕べは過ぎて 朝来たる
ガラクタか 貴重品かを 問い詰めず
善悪を 決めきれず咲く 曼殊沙華
透き通る 魔術使いて 罪すすぐ
罰するは 人にはあらず 天炎える
初秋に 詩歌小説 取り揃え
中秋の 恋する心 写す文
晩秋は 狂鬼のごとく 読みふける
たわむれに たわしもぎとる たわらまち
たわしのき たわわにみのる たわしのみ
たたみかけ たわけというも ただならず
天気図を 立体的に 描出す 
Draw a weather chart three-dimensionally.
移動する 千変万化 寒気団
Moving ever-changing cold air mass.
上空を 過ぎ行く雲の 上の上
Over and over the upper sky through which clouds are flying.
肉々し 敵の勇猛 憎まざる
明滅の 遠近感を 測りかね
遊民の 末裔とかや 寝惚け気味
神仏 霊魂祓い 加持祈祷
茫洋と 河畔に寄せる 波の花
痰切飴 噛み砕いては 咳こんで
夢想癖 年を乗り越す 注意報
マフラーを 流し 一歩を踏み出して
滅びては 現れる土地 踏む雪駄
母に似た 娘の顔に 照る秋陽
消えるのか 変わるのみかと 問う落ち葉
ああおおと カモメは鳴くか 黄葉樹


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# by nambara14 | 2017-12-19 10:26 | 五七五系短詩 | Comments(0)


   ブラームスの「ドイツ・レクイエム」の一節から。


「ああ、どんなに確実に生きていても、
 すべての人間は無にひとしいのです。
 それゆえに人間は幻影のように歩き回り、
 たくさんの無駄な騒ぎを起こすのです」
 
         (「第三楽章」から)

              石井不二雄 訳


Ach wie gar nichts sind alle Menschen,
die doch so sicher leben,
Sie gehen daher wie ein Schemen,
und machen ihnen viel vergebliche Unruhe;


アッハ ヴィー ガール ニヒツ ジント アッレ メンシェン、
ディー ドッホ ゾー ジッヒャー レーベン、
ジー ゲーエン ダーヘア ヴィー アイン シェーメン、
ウント マッヒェン イーネン フィール フェアゲープリッヒェ ウンルーエ


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# by nambara14 | 2017-11-23 18:44 | 翻訳詩(ディラン・トマスほか) | Comments(0)

575系短詩


肉々し 敵の勇猛 憎まざる

明滅の 遠近感を 測りかね

遊民の 末裔とかや 寝惚け気味

神仏 霊魂祓い 加持祈祷

茫洋と 河畔に寄せる 波の花

痰切飴 噛み砕いては 咳こんで

夢想癖 年を乗り越す 注意報

マフラーを 流し 一歩を踏み出して

滅びては 現れる土地 踏む雪駄

母に似た 娘の顔に 照る秋陽

消えるのか 変わるのみかと 問う落ち葉

ああおおと カモメは鳴くか 黄葉樹




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# by nambara14 | 2017-11-22 23:18 | 五七五系短詩 | Comments(0)